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「さが・さくら会」会報 2018年寄稿文集1

 投稿者:編集部  投稿日:2018年 5月 6日(日)15時48分25秒
  「さが・さくら会」会報 2018年寄稿文集1


神々の意味するもの

 大劇場・宙組公演『神々の土地』を観た。まず、題名の“神々”が面白い。当時のロシ
ア帝国はロシア正教会とはいえ、れっきとしたキリスト教国である。それを神々とは―。
しかし考えてみれば皇后アレクサンドラはドイツ出身。嫁入り前はプロテスタントだった
はずである。また怪僧ラスプーチンは、いかにもカルト的で、信者にとっては彼自身が神
かもしれない。更に革命派のボルシェビキが信じる共産主義も、ある意味、宗教的である。
そして国民の大多数を占める農民は、圧政と戦争に打ちひしがれ、信仰心すら失いづつあ
る。冒頭、雪原のシーンでの猟師の叫びは痛切である。作・演出の上田久美子氏は、革命
前夜のロシアの混沌とした状況を、各々が信じる神々として表現したのであろ
う(あくまで憶測であるが)。
 憶測ついでに言えば、上田氏は過去の作品からみて、観念的なテーマを物語化、舞台化
するのに長けた作家である、と思う。今回のテーマは、イギリス貴族の精神といわれる
“ノブレス・オブリージュ(高貴な身分には義務が伴う)”。パンフレットの中でも、成功
や幸福よりも、己に恥じぬよう気高く生きることを描きたいと――。即ち、朝夏まなと演
じるドミトリーはロマノフ王朝を守るためラスプーチンを殺害するが、その思いは通じず、
逆に皇后の怒りをかい、死の戦場へ送られる。そして王朝も二月革命の勃発により滅亡す
る。それでも自己犠牲を厭わず、為すべきことを為す主人公の生き方は胸を打つ。この作
者の意図を理解し、的確な演技で応えた朝夏をはじめとする宙組メンバーの頑張りもあっ
て、重厚かつ爽やかな感動作が誕生した。
 もう一つ。上田氏は、ノブレス・オブリージュは宝塚のトップスターの生き方にも通じ
ること、そして朝夏をその当て書きの対象にしたことを明かしている。トップ就任以来、
組子の成長と組の発展を第一義に考え、真摯に努力してきた朝夏にとって最高の餞(はな
むけ)であり、最後を飾るに相応しい作品に恵まれたと思う。
 当て書きといえば、伶美うららもそう。高貴な役をやらせたら右に出る者はいない彼女
に、主人公の忘れ得ぬ恋の相手、大公妃イリナはピッタリ。圧倒的な美しさと存在感で、
作品に華やぎと奥行を与えた。惜しまれる退団であるが、最後の舞台で、娘役として実質
トップの役を配した上田氏に感謝と喝采を送りたい。(完)

「さが・さくら会」会報1月号








続編を確信 ~ポーの一族~
 1月2日、恒例の大劇場初詣でを行ない、花組公演『ポーの一族』を観劇した。チケッ
トは更紗那知さんに手配していただいた。
 漫画は、年の割に好きな方で、通に近いと自負しているが、少女漫画は見ない。あの瞳
の中の星は、ないと思う。そういう私でも、萩尾望都の名前と『ポーの一族』は知ってい
た。それだけ伝説的な作品だといえる。その漫画を才人・小池修一郎が舞台化する、満を
持して。それも、明日海りおをはじめ華やかな男役が揃う花組でやる。期待はいやがうえ
にも高まった。観劇後の感想は――舞台化は成功したといえる。作品としてのレベルも高
い。ただし、注文もある。まず、ミュージカル・ゴシックとうたっているわりに、肝心の
ゴシックさが足りない。即ち、中世の古城を思わせる荘厳さ、怪奇さが伝わってこない。
もっと作品全体に恐怖やおどろおどろしさが欲しい。配役陣で言えば、瀬戸かずやが演じ
た男爵。バンパネラ(何故バンパイヤではないのか。案外この辺にポイントがあるのかも
しれない)の総帥にしては人間的というか、怖さ、重厚さを感じさせない。又、仙名彩世
が演じる男爵夫人・シーラ。その美貌で、主人公エドガーをはじめ多くの男性を惹きつけ
る重要な役だが、神秘性、あやしさを醸し出すまでには至っていない。花乃まりあだった
らと、ふと思ったものである。同じことがエドガーの妹で、アランにも愛される美少女、
メリーベルに扮した華優希にもいえる。荷が重すぎるのである。花組に限らず、今の宝塚
が抱えている問題、即ち、美人娘役の払底という弱点が作品に影響していると言わざるを
得ない。
 注文はあるにしても、作品はー級品である。時空を超えた、奇想天外な物語をよくまと
め上げたものと感心する。演出家・小池に拍手を送りたい。ただし、舞台化を実現させた
のは、明日海の存在そのものである。小池氏もパンフレットの中で、「構想30年、神は
封印を解かれた」と表現し、「エドガーはいた。明日海りおである。美しさ・神秘性・純
粋さ・魔性、天使と悪魔が共存した魅力の全てを兼ね備えている。完璧である」と述べて
いる。
 もう一人。副主人公のアランに扮した柚香光。日本人離れしたクールな美貌はゴシック
ものによく似合う。純粋さの化身みたいな明日海との相性もぴったり。孤独のあまり友を
求めるエドガーの切なさ、いじらしさ。世の中に絶望し自らバンパネラを選ぶアラン。こ
の2人が結ばれるラストは感動的であり、ゴンドラに乗って昇華するシーンはベルばらを
ほうふっとさせる。そう、第2のベルばらの誕生である。必ずや続編が上演されるものと
確信した。(完)

「さが・さくら会」会報3月号


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「さが・さくら会」会報 2016年寄稿文

 投稿者:編集部  投稿日:2018年 4月 3日(火)17時53分12秒
  「さが・さくら会」会報 2016年寄稿文


目の付け所はいいのだが 1月号
 月組の『舞音』――かつて、同じく「マノン・レスコー」を原作とする「情婦マノン」
というフランス映画を観たことがある。舞台は、イスラエル建国当時の中近東。粗筋は、
地位も良識もある中年男が奔放な少女に恋をし、散々、翻弄されたあげく破滅していくと
いうもの。このテーマは作家達の興味をひくらしく「ロリータ」、「カルメン」、谷崎の
「痴人の愛」など、類似の作品が多い。今回、演出家・植田景子が舞台化に取り組んだの
もわかる。
 さて、本公演の舞台はフランス植民地時代のベトナム。この設定はいい。やがて独立に
より追い出されるという将来を予感させるから。この将来性がないという所がポイントで、
主人公も失意の状態か、人生に倦んでいる方がいい。それを埋めようとして、成就の見込
みのない恋に走り、破滅へと向う。しかし、『舞音』の主人公は新天地のベトナムに結構
夢をもって赴任する。これは惜しい。どうしてフランス本国を追われた形にしなかったの
だろう。
 次に、女主人公の舞音。彼女は徹底した現世主義で、奔放でコケティッシュな少女でな
ければならないが、実際には最初のキャバレーでの場面位がそうで、後は純愛に目覚める
という従来の宝塚パターン――。植田もベテラン演出家の一人だが、未だ傑作と呼べるも
のは出していない。目の付け所はいいのだが…。
 ただ、作曲家や装置、衣装に外部の力を導入した成果は大いに上がっている。主題歌の
アジア的なメロディーは斬新だし、布を大量に使った装置、キャバレーでの愛希が着てい
た真珠のドレス等は一見の価値がある。
 話は変わるが、今回の公演で驚いたのは、珠城(たまき)りょうを完全な2番手として遇
したこと。プログラム然り。羽根飾り然り。とすれば、珠城は早急に歌をはじめ実力の向
上に努めねばならない。もち論、珠城に抜かれた形の凪七(なぎな)と美弥(みや)には奮起
を促したいが、総じて月組は大人しい。すべてはトップ龍(りゆう) 真咲(まさき)のリー
ダーシップにかかっていると思うのだが…。
(完)

月組『舞音』





天晴れ!!チャレンジ精神  3月号
 今年1月2日、慣例の大劇場初詣でを行ない、宙組公演を観劇した。『シェイクスピア
~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~』は、チャレンジ精神あふれる傑作である。作・演出
の生田大和先生と朝夏まなと率いる宙組に喝采を贈りたい。チャレンジの第一は、あのシ
ェイクスピアを、それも作品でなく、殆ど誰も手懸けなかった彼自身を主人公とする物語
りに取り組んだこと。開演前の不安と、懸念は、幕開きとともに解消した。劇中の朝夏・
シェイクスピアは実に生き生きと振舞い、恋をし、文を書き、やがて劇作家として成功す
るが、挫折。そして再生へと――フィクションと思えぬ程、リアルで説得力のある展開で
ある。その理由の一つに、劇中劇の巧みな活用が挙げられる。例えば、妻アン(実咲)と
の出会いは「ロミオとジュリエット」のバルコニーの場面が使われ、彼らはその登場人物
と同一化する。陰謀のシーンは「マクベス」、妻への嫉妬は「オセロ」、そして妻との和
解は「冬物語」といった具合。我々、観客としては(「冬物語」を除き)周知の筋書きだ
けに現実味が増すというもの。見事なテクニックである。
もう一つの試みは、副題にもあるように、言葉の持つ力をメインテーマにドラマを創っ
ていること。例えば劇中、美穂(流石の存在感)扮するエリザベス女王は、武力や権威で
はなく、言葉や演劇で国民をまとめ国家づくりをしようとするが、これがシェイクスピア
の成功と挫折につながっていく。翻って考えると、現代でも、経済や軍事だけでなく文化
の重要性がよく言われる。もち論、宝塚歌劇もその一端を担っているわけだ。そう言えば、
劇の終盤、起を促す感動的なシーンがあるが、これなど“言の葉”への作者の強い思いを
感じさせる。
 さて、チャレンジと一口に言うが、演じる側は大変である。お手本になるものはないし、
それだけに実力が要求される。逆に言えば、実力者揃いの宙組だからこそやれたともいえ
る。朝夏は、この難役を気負いもなく、サラリと演じ、それでいてシェイクスピアになっ
ていた。一段と演技の幅を拡げたようだ。実咲は、きめ細かに夫婦愛を表現、真風は主人
公の運命を左右する重要な役どころ、持前の迫力のある演技で応えていた、、際立った美貌
の伶美、明るいキャラクターの愛月と桜木等々、多士済々の宙祖の力が結集して、正月作
品らしい楽しく、ダかつ重厚なエンターテインメントが生まれた。
 『HOT EYES!!』はダイナミックショーというだけあって、ショパンあり、歌
謡曲ありの賑やかで、楽しいショー。宝塚の誇る振付師が大勢参加、ダンスでも実力者揃
いの宙組生が互いに競い合って舞台を創っている様は迫力十分、見応えがある。特に朝夏
がリサイタルのように一人で踊るシーンは、彼女のダンスのうまさが“公認”されている
ことを改めて知り、大変誇らしく、嬉しく思った。(完)


宙組 『シェイクスピア~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~』


             宙組『HOT EYES!!』
           


(写真は編集部による)

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「さが・さくら会」会報 2015年寄稿文集 後半

 投稿者:編集部  投稿日:2018年 1月25日(木)12時59分54秒
  「さが・さくら会」会報 2015年寄稿文集 後半


再び、オリジナルの良さとは 7月号
 5月13日、宝塚大劇場で月組公演を観劇した。『1789-バスティーユの恋人たちー』
の批評は難しい。作品のレベルとしては、そう低くなく、むしろ上の部だと思うが、何か
違和感がある。共感性が足りないというか、感情移入がしにくいというか。
 その理由の一つは、演出の小池修一郎の言う、フランス製ミュージカルの特殊性一楽曲
は単独でポップスとしてヒットさせるのが目的であるため、前後のセリフに関わらず、歌
詞はストーリーを離れたものになっている。もちろん、宝塚版は芝居内容に応じ、潤色さ
れてはいるが、物語り性が薄まるのは仕方がない。
また、複数主役の群像劇が主で、歌手とダンサーは完全分業である等々-によると思われ
る。
 もう一つは配役の問題。副題からもわかるように、本作品は民衆側の視点からフランス
革命を捉えた芝居で、主役の恋人たちは農民出身の口ナン(龍)と王太子の養育係のオラン
プのはずが、トップ娘役の愛希はマリーアントワネット。フランス革命ならヒロインはア
ントワネットという、演出・小池の思い込みが結果として、話を分散させ、感動を薄めた
きらいがある。
 個々にみると、まず、スペクタクルミュージカルと言われるように、集団による歌やダ
ンスが多いが、それぞれ迫力があり、見応えも十分。月組に限らず、個人より全体の成果
を第一に考える宝塚の良さを感じさせる。振付も良く、特にボディーパーカッションを用
いた「誰の為に踊らされているか?」のナンバーは、一見の価値ありである。次に、演技
面。トップコンビをはじめ、皆それぞれ熱演だが、もう一つ伝わってこない。演出のせい
もある。革命側の中心であるダントン(沙央)、ロベスピエール(珠城)、デムーラン
(凪七)の描き方が類型的で、面白みに欠ける。確か後日、ダントンはロベスピエールに
ギロチンにかけられるはずだが。劇中では仲良しクラブのまま。革命側にも階層や格差が
あることを示すことで、物語の奥行きも深まると思う。王党側も、アントワネット、フェ
ルゼン、ルイ16世はベルばらとほぼ同じキャラクター。ルイの関心事が錠前作りプラスギ
ロチンの機械に広がるぐらい。民衆の側に立った革命劇なら、国庫を傾ける程の浪費癖の
反省か、逆に全く鈍感で反省しない王妃を描けば面白いと思うが、アントワネットはベル
ばら同様、「フランスの王妃ですから」と、のたまう。
 才人・小池もフランス式ミュージカルの潤色に追われ、魅力ある人物像を創り出すまで
には至らなかったようだ。思えば小池も『エリザベート』の成功以来、海外ミュージカル
やハリウッド映画の潤色、脚色を専らとし、オリジナルものの創作をおろそかにしてきた
ツケが回ってきたかもしれない。前の花組公演『カリスタの風に抱かれて』で感じたオリ
ジナル作品の良さ、愉しさを強く思い出させた公演であった。(完)

『1789-バスティーユの恋人たちー』月組





建前の美しさ  9月号
 7月10日~17日、神戸に帰り、宙組と雪組(初日)公演を観劇した。劇評はさておきこ
れで月組を除く4組の新トップお披露目公演を一通り観たことになる(星組は全国ツアー
だけであるが)。4組のトップスターの感想から――。一番驚かされたのは北翔海莉。
(トップになれた)うれしさを何のてらいもなく正直に身体全体で表している姿に、こちら
も嬉しくなって拍手をするという、彼女の人徳であろう。そして歌のうまさ。元々、宝塚
歌劇史上、トップクラスの実力の持ち主であるが、トップになると更にワンランク上がる
から不思議である。次の公演『ガイズ&ドールズ』も是非観たいと思ったが、こういう気
持になったのはいつ以来だろう。めったにない事である。
 対照的だったのは朝夏まなと。トップになっての気負いや不安を全く感じさせない。臆
せず堂々と、まるで何年も前からトップを張っていたかのように主役をやり遂げた。この
自信は何処からくるのだろう。歌もダンスも芝居も格段にうまくなっており、真風をはじ
め組子達を圧倒していたように思う。将来とてつもない大物になるのでは、との予感さえ
覚えた。
 明日海りおは歌・ダンス・芝居三拍子揃った実力派であり、華のある容姿からトップ中
のトップになる可能性大。ただ、組としては二番手が育っておらず、しばらくは彼女の孤
軍奮闘が続くことになろう。
 早霧せいなもトップになり、大きく変貌した一人。組を引張らねばの自覚から、浮つい
た所がなくなり、着実に成長している。この組は望海という強力な二番手がおり、更に月
城や永久輝など将来のスター候補にも恵まれ、楽しみである。
 さて。劇評であるが『王家に捧ぐ歌』は前号で久富君、鈴田さん達が書かれていたよう
に傑作である。今年度、というよりここ数年でもベストワンに上げられるぐらい。私も2003
年の初演を観ているが、今回の方が面白かった。贔屓目もあるが、朝夏の方が湖月よりも
役柄に合っているというか、コスチュームものが良く似合い、気品もあって颯爽としてい
た。もう一つ。初演ではイラク戦争を意識して、解放戦争は是か?といった政治的色合い
が濃く出ていたが、それが薄まり、スッキリした事が挙げられる。
 雪組公演『星逢一夜』――。上田久美子の大劇場・初演出でお披露目公演だそうだが、
それを斟酌しても、及第点は出せない。ありえないことが多過ぎる。例えば、いくら庶子
とはいえ、大名の子が百姓の子とー緒に遊び、友情を育むか。絶対にない。一揆騒動の結
着をつけるため殿様・早霧とー揆騒動の首謀者・望海が一騎打ちをするが、これもありえ
ない。いかに純愛とはいえ、三人の子持ちの百姓の寡婦・咲妃に殿様が恋心を抱くか?ま
ずない……辛口の批評になったが、その割に観客の受けは良かった。中には泣いている人
も居て。考えてみると、この芝居のテーマは幕藩体制下の農民一揆ではなく、大人になっ
ても、立場や身分が違っても変わらぬ純粋な友情や恋愛を描くことであり、観客もそれを
観たいと思っている。現実的でないことはわかっているが、時には友情や恋愛は素晴らし
いものだという建前を信じたい―との観客の想いに、この芝居は応えていたと思う。そし
て、それを可能にしたのが生徒達である。彼女らはいつものように真剣に真面目に与えら
れた役を全うする。中には感情移入し過ぎて涙を流す生徒も。建前を信じる者の美しさと
いうか、他の商業演劇と違う、宝塚の宝塚たるゆえんである。
 打って変わって『ラ・エスメラルダ』は底抜けに明るいラテン・ショー。早霧をはじめ
雪組全員が、芝居の時代劇ならではの重苦しさをはらすように盛大に歌い、かつ踊る。中
でも望海の歌のうまさが際立つ。総じて曲の選定も良く、振付も斬新。彩・彩コンビ、蓮
城ら中堅と若手スターが随所で活躍し、総合力の雪組を印象づけたショーであった。

『王家に捧ぐ歌』宙組





宝塚は歌だと実感 11月号
 佐賀高校11期卒業生同窓会(なんと55周年)が横浜であり、その翌日の10月20日、
東京宝塚劇場で星組公演『ガイズ&ドールズ』を観劇した。
 高校時代に観たハリウッド映画版・邦題『野郎どもと女たち』がすごく面白がた記憶が
あり、本公演を楽しみにしていたが、十分その期待に応える出来映えであった。
 実は、映画でサラ役をやったジーン・シモンズの大ファン。ハヴァナのシーンで、酒に
酔っ払った彼女が野暮ったい上着の一番上のボタンを外しただけなのに、まるでイブニン
グドレスを着ていたかのようなモーレツな色気を発したのを今でも覚えている。今回も楽
しみにしていたが、最初からワンピースとジャケットのアンサンブルで、いささかがっか
り。それでも妃海風(ヒナミ フウ)は大健闘。純情で、しっかり者、それでいて可愛いサラ役を
上手にこなしていた。歌もうまい。
 もう一つの楽しみは北翔海莉(ホクショ ウカイリ)の歌。何よりも声がいい。包み込むような耳
ざわりのいい伸びやかな声。全曲素晴らしいが、ショーに入って英語で歌う「LUCK BE A
LADY」が特にいい。彼女をみているとつくづく歌劇は歌だなと思う。とにかく安心して
公演を観ることができる。時には誇らしさを感じながら。
 準主役的な役を演じた紅ゆずる、礼真琴のコンビも及第点。ハンサムで人は良いが気が
弱いネイサン役は紅にぴったり。彼女も何かふっ切れた感じで好演だった。礼も女役が板
に付いてきたというか、映画でのアデレイド役よりずっと魅力的だった。
 星組も七海ひろきの加入で一段と層が厚くなり、麻央侑希、(マオユ ウキ)瀬央ゆりあ、紫藤
りゅう等々、楽しみな若手が各々、役を得て活躍しているのも本公演の収穫だろう。
 演出面では、冒頭のブロードウェイの街のシーンが素晴らしい。主題歌の軽快なメロデ
ィに乗って多種多様な人物が行き来するのが楽しく、これぞミュージカルという感じ。そ
こへ救世軍の一隊が登場しヽ物語が展開していくが、全編にわたり、筋の流れがスムーズ
で飽かせない。ベテラン演出家、酒井澄夫の面目躍如といったところ。
 ところで本作品のニューヨーク初演は1950年。当時、キューバはアメリカの友好国で
ハヴァナはニューヨークからのデートコース?!。その後、長い国交断絶を経て、今年、
国交回復とか。まさに隔世の感ありだが、高校時代に観た映画を歌劇として、今の若いフ
ァンと共に共感し合う――宝塚ファンならではの醍醐味である。
 最後になったが、蒼舞咲歩(ソウブ サキホ)さん。出番は全部で5場面。最初のプロローグの
シーンでは酔っ払いの男に扮し、セリフこそないものの、ちゃんと演技をしていて、こち
らも思わずうなずいた次第。ハヴァナではお客に扮していたが、いずれもスラッとした立
ち姿と端正なマスクが際立ち、将来が楽しみである。又、フィナーレでのロケットの踊り
子が本当に可愛くて、娘役でもいけるのではと、楽しみは増すばかりである。

『ガイズ&ドールズ』星組



(写真は編集部による)

958

 

「さが・さくら会」会報 2015年寄稿文集 前半

 投稿者:編集部  投稿日:2018年 1月16日(火)12時07分57秒
  「さが・さくら会」会報 2015年寄稿文集 前半


今、そこにある危機 1月号
 12月6日、福岡市民会館にて星組公演『風と共に去りぬ』を観たが、率直に言ってが
っかりを通り越し、一種、危機感すら覚えた。会場のせいもある。今回は座席が後ろで舞
台より高い位置で観たため、余計に奥行きの無さ、幅の狭さが目立った。幕開きのアトラ
ンタの駅頭のシーンなど、広がりが全くなく、これから始まる大作への期待感もそがれた。
布製の書割に描かれた市街地が風に揺れているのを見たらファンといえども幻滅する。地
方公演に対する歌劇団の姿勢を改めて問いたい。
 会場だけでなく、陣容も問題。柚希、夢咲だけでなく十輝、真風らも抜けた33名で大
作『風と…』を演るのは無理があると思う。スカーレット=礼、アシュレイ=華形、メフ
ニー=音波では、彼女たちのせいではないが、いわゆる役不足の反対と言わざるを得ない。
ちょうど1年前の凰稀・宙組による大劇場公演『風と…』と比較してほしい。地方公演と
はいえ、と言うより、地方こそ、初めて宝塚を観る人も多いはず。猛省を促したい。
 さて、今回の福岡公演で痛感させられた役不足の反対、言い換えれば人材不足が宝塚全
体に及んでいること。これが、今そこにある最大の危機である。100周年記念行事の前後
に退団、あるいは退団発表したトップー蘭寿・壮・柚希・凰稀が揃って実力派であり、穴
埋めが大変なこと。それ以上に中堅一かっていた彩吹真央クラスの人材がほとんど育って
いないこと。本会報で久富君が指摘していたように、-組単独で芝居が成立しうるかどう
かの段階にあると思う。直ちに解決なんて対策はないが、昔は結構あった合同公演で時を
稼ぎながら、体制を改革していくしかないと思う。その際、ポイントは今の行き過ぎたト
ップ重視の傾向を改めることだと考える。
 余談だが『風と…』の脚本について。映画にあったバトラーとスカーレットの愛娘の落
馬による死をなぜ省いたのか。スカーレットとの別れの理由が、彼女の浮気の噂だけでは
いかにも女々しい。2人の結婚生活が娘をはさんで幸せな時期もあったと表わすことで、
別れのインパクトがより強くなると思う。時間の制約が理由なら売春婦の女主人の話は全
面カットでもいいのでは…。(完)





又々、こいつは春から…  2月号
 今年1月2日、慣例となっている大劇場初詣を行なった。朝9時から当日券を求めて並
んだが、座席数50余に対し、順番は90前後。運を信じ、キャンセル待ちに賭けた所、100列
の42、43をゲット。昨年に引き続き、こいつは春から縁起がいいわいと――。
 さて『ルパン三世』の方から。流石は宝塚の座付作者である。早霧せいなの、美形だが
いかにも勝気そうで、少年のような、いたずらっぽさを残した顔、小柄だが、バネのある
しなやかな身体付きがルパンにぴったりなのである。トレードマークの赤いジャケットで
登場したとたん、大拍手であった。又、ベルバラと違い、ギャグ性の高いルパンの場合、
よりカリカチュアされた演技が要求されるが、早霧は見事に対応していた。そして、彼女
以上にコミカルなキャラクター(銭形警部)を演じたのが、我らの夢乃聖夏である。よくぞ
ここまで、と感心する位の役作り。宝塚スターの枠を超えた名演技で、これで退団は、い
かにも惜しい。それにひきかえ彩凪=五右衛門、彩風=次元は、理解力不足というか、役
をこなし切れていないように思う。後のショーでも感じたが、この彩・彩コンビは期待の
割に伸び悩みで、まとめて月城かなとに抜かれるかも。峰不二子役の大胡は、今の宝塚で
は最適と考えるが、期待が大き過ぎたせいか、肝心のセクシー度がもうひとつ。男性ファ
ンを悩殺とまではいかなかった。
 全体の評として、ルパン三世達がフランス革命時のパリにタイムスリップするという着
想が良く、又、適役にも恵まれ、成功作と言えよう。ただ、タイムスリップの仕掛けがち
ゃちというか、わかりにくいこと。アントワネット役の咲妃が予想通りではあるが、いか
にも若過ぎ。脚本の方も問題で、子供もいる30代の女性にふさわしい大人の恋を描くべ
きなのに、どこか「ローマの休日」風一等の不満は残る。
 ショ-『ファンシー・ガイ』は熱気がすごい。新トップ、早霧の力である。これまでも、
壮一帆、凰稀かなめのときに強く感じたが、トップになると人は変わる。本当に顔まで変
わるのである。早霧もそう。組を引張る、組子を気遣う、いい顔になりつつある。それを
感じ、組全体が盛りあがる――。ショー自体も「Time to say Good byeをはじめ聞き慣
れた曲が多く、振付もオープニングをはじめ斬新で楽しい。ベテラン三木章雄の面目躍如
といった所。ただ。パバロッチィだと思うが、オペラのアリアが突然流れたのには驚いた。
観劇後知ったことだが、20年前のショー『ファンシー・タッチ』でも同じ曲で安寿ミラが
踊ったとか。安寿が振付師として参加しているショーで、早霧が踊るという宝塚の歴史を
感じさせる演出だった。

  



オリジナルのよさ 5月号
 3月15日`宝塚大劇場’花組公演の初日を観劇した。チケットは更紗那知さんに手配
していただいた。まず、『カリスタの海に抱かれて』-『セカンドバージン』などテレビ
ドラマの脚本家として有名な大石静のオリジナル作品である。ここ数年、再演物や映画・
コミック等の舞台化が多く、オリジナル作品は意外と少ない。久し振りに、先の展開を読
むワクワク感を楽しんだ。かっての『霧深きエルベのほとり』や『ラ・グラナダ』等の名
作を観ていた時のような。本作でも、ドンデン返しとまではいかないが、敵味方が攻守と
ころを変える最後の展開など面白かった。
 さて、本公演は花組トップコンビ、明日海りお、花乃まりあのお披露目公演であるが、
成功と言っていい。明日海については問題ない。歌、芝居とも実力通り。一方花乃が予想
以上の出来映えで、華もある。とくに勝ち気な役、流行言葉で言えば“男前な”女が似合
いそう。どこか子供っぽさを残した明日海との相性いいと思う。明日海については兼々、
宝塚スターとして一番の資質である純粋性を強く持つ男役だと考えていた。話は飛ぶが、
フジテレビ系列で八千草薫と真矢ミキの対談中、「宝塚とは?」の質問に八千草が「少女
ということかしら」と答えていたが、まさに同感である。オリジナル(原型)として最も
宝塚らしいスターである明日海が順調なスタートを切ったのは、まさに御同慶の至りであ
る。
 次に『宝塚幻想曲』は元気にあふれた楽しいショーであった。特にダンスがいい。この
作品に限らず、最近、宝塚の振付は好調。ANJUなど新しい力の参入のせいだと思うが、
今回もKAZUMI-BOYの大階段での燕尾の振付は素晴らしい。もちろん、新コンビ
を盛り立てようという花組全員の頑張り、熱気があっての成果であることは言うまでもな
い。

 概ね順調なすべり出しであるが、不安もある。2番手の不在である。一応、芹香斗亜が
羽根飾りを付けていたが、似合わない。「あの人、誰れ?」という感じ。名実共に力不足
である。早急な補強が必要だが、果して何処に人材が―。深刻である。その点、美穂圭子
の歌や芝居のうまさは流石であり、救いであった。

  


(写真は編集部による)

954

 

「佐賀・さくら会」会報 2014年寄稿文集

 投稿者:編集部  投稿日:2018年 1月13日(土)15時04分21秒
 
「佐賀・さくら会」会報 2014年寄稿文集



こいつは春から…
(星組大劇場公演『眠らない男ナポレオン』を観て)2月号
 正月2日、I1時公演の当日券を求めて寒空の中、1時間並んだ挙句が座席券売切れ。立
見席よりは、とキャンセル待ち4番・5番に賭けたところ、10列の42・43座席をゲット、思わず
女房と「こいつは春か ら縁起がいいわい」と発した次第。
 しかし観劇後の感想はといえば、うーんとうならざるを得ない。まず、テーマがはっきり
しない。いわゆるナポレオン伝と革命前後のフランスの歴史をただなぞっているだけ。本
来はナポレオンとジョセフィーヌの恋が一番のテーマであるべきだが、彼女の浮気(結婚後
だから不倫か)がおおっぴらに演出され、その後の改心?のきっかけ、理由の説明もない。
一方、部下との友情と裏切り、家族との愛としがらみも応分に描かれるが、本人の真意がも
ひとつわからない。そもそもナポレオンの偉大さ、世界史の中での意味、役割が才子小池
修一郎に把握できていないように思う。革命の大義の喪失、権力を得てからの変質等、テ
ーマを絞れば面白いと思うが。
 とここまで書いて、ふと思った。宝塚ファンはもっと寛容で、なによりも自分が観たい
ものだけを観て、他は気にしないということ。つまり、ひいきのスターが活躍すれば、それ
で良し。歌やダンスが好きな人はそれだけでOKみたいな。その意味で言えば、主役の二人
は熱演、今や実績的にはトップの中のトップのカップルだが、役柄をちゃんと理解していた
かどうか。あと真風涼帆が伸び盛りの勢いを見せ、紅ゆずるもうかうかできないようだ。
音楽はフランスの作曲家を呼んだだけの成果が感じられ、舞台装置も良く、幕開けを飾る
にふさわしい大作、といえる。
 それにしても、キスシーンが多いのには食傷した。本作に限らず、最近の舞台はちょっ
と多すぎる気がする。私が1月会報に書いたように、少女歌劇団の良さを忘れないでほし
い。





夢か現か、至福の4時間
 8月号
7月11日から約1週間、神戸に帰り、例によって楽の2日前に雷組公演を観、次いで18日
に星組公園初日を観て帰佐した。まず雷組公演は、前号の会報で原さんが指摘された通り。
同感である、『一夢庵風流記 前田慶次』は色々と詰め込み過ぎて訳がわからなくなった上
に、肝心の慶次の行動が納得も共感も得られない。傾奇(かぶく)という言葉でごまかせ
るとでも思ったかしらん。次に星組公演。『The Lost Glory』はいい作品だと思う。
舞台を大恐慌時代前のニューヨークに設定したのが成功で、バブル崩壊を経験した我々も
共感しやすい。シェークスピアの『オセロ』をモチーフにしているそうだが、男が男に、
男が女に抱く嫉妬は普遍的なテーマで、説得力もあり上手く仕上がっていた。惜しむらく
は主演の轟悠がカッコよすぎて、劣等感からくるドロドロした嫉妬の苦しみが伝わらなか
った。まあ仕方ないか。この作品には我らが蒼舞咲歩さんが星組で初出演をした。主にカ
メラマン役をやっていたが、容姿の良さで結構目立っていた。正統派二枚目としての将来
が楽しみである。『パッショネイト宝塚』は、近年、出色のショーで、何よりも柚希礼音
の存在感がすごい。
歌もダンスも一級品。まさにトップ中のトップである。ショー自体も、聞き慣れたラテン
ナンバーが楽しく、振付けもいい。とくに柚希が踊るカポエイラは必見である。ところで
タイトルの「夢か現か…」は、残念ながら観劇の感想ではない。実は今回の神戸行にはも
う一つ目的があって、それは、あの加茂さくらさんに会うこと。それが実現したのです。
それも当初考えていた、せいぜい10分程度じゃなくて、なんと4時間。しかも隣り合わせ
のカウンター席で。その間、世の中こんなこともあるんだなあ、と思いながら、まさに夢
か現か。至福の4時間だった。話の内容は後日ゆッくりと…。最後に一言。鈴田さんには
「50代は言い過ぎでしょう」と反諭されましたが、今回、30cmの距離から見た加茂さくら
さんの肌は50代。間違いありません。





AKBと宝塚
    9月号
 人気グループAKB48は明らかに宝塚を意識していると思う。端的な例は恋愛御法度。
問題を起こした指原嬢を福岡へ左遷させ、結果として本人もグループも人気を上げたとい
う戦術。その他、スター養成システムやセンター(トップ)重視の方法等、枚挙にいとま
がない。一方でAKBから学ぶこともある。その一つはフランチャイズ制というか、地方
に系列のグループを作り、中央との相互支援や相乗効果で実績を上げるやり方である。
 道州制を持ち出すまでもなく、今や地方の時代。宝塚(東京)一極?集中でなく、裾野
を広げる必要があると思う。隣の長崎県でハウステンボス歌劇団が旗上げした。常設の劇
場や劇団員の養成所を持ち、ミニ宝塚を目指しているようだ。こうした動きとタイアップ
してフランチャイズ制を打ち出し、全国展開を計るのはどうだろうか。その際、地方は名
作・旧作の再演に特化し、それに必要な要員の派遣(OGに限らず楽団員やスタッフを含
む)、脚本・衣装・道具等は中央から提供する。多方面でメリットが期待できると思う。
その歌劇場で観たい作品は、「虹のオルゴール工場」「港に浮いた青いトランク」「霧深
きエルベのほとり」「花のオランダ坂」「ラ・グラナダ」「オクラホマ」「パリ公演」…
切りがないからやめるが、宝塚は素晴らしい財産を持っている事を再認識してほしい。





万感こもごもいたる
      12月号
 10月末に神戸に帰り、例によって月組公演と11月7日の宙組初日を観て帰佐した。まず
宙組。凰稀かなめのサヨナラ公演になるが、とにかく早すぎる。せめて、あと1年やって
欲しかった。研2の頃から、トップになると予言してきた(久富君が証人)身には、一寸
おおげさだが、万感こもごもいたる感がした。決して才能に恵まれているわけではない。
ただ、華があった。歴代のスターで言えば、那智わたる。宝塚で成長し、本物のスターに
なった人だ。凰稀も公演毎に成長した。わが子に限らず、人の成長をみるのは楽しいもの
である。そしてトップ御披露目公演『銀河英雄伝説』で更に高みへ。まるで人が変わった
ような貫録と落ち着きとオーラが加わった。トップとしての自覚の賜である。即ち、自分
のことより組のこと、自分の成長より組子の成長を第一主義に考えるという――。凰稀礼
賛が長くなったきらいがあるが、今回の公演では彼女に対する組や組子の想いが痛い程感
じられたこと、また、後を継ぐ朝夏まなとにも参考にして欲しいと思うからである。
 『白夜の誓い』は期待の新人、原田諒の演出だが、さすがにワクワクさせる展開、スト
ーリーの組立ては上手い。ただ惜しむらくは国王暗殺の動機づけがやや弱い。国や政治の
方向性の違いだけでなく、例えば、男の嫉妬。国王の気持ちか緒月の役から朝夏の役に移
るとか。そうすれば多少、役不足の感がある朝夏のファンも納得しよう。
 『PHOENIX宝塚!!』は最近流行りの大階段から始まるショーである。何より、気合いが
凄い。凰稀への想いであろう。宙組のあまりの団結力とパワーに感動して泣いてしまった
と、演出家の藤井大介が言っている。
 次に月組公演。『PUCK』はいわゆる妖精ものだが、これが難しい。現実感の無さを凌駕
するセットや仕掛けが大事になるがそれが無い。初演から20年余。それなりの手直しが
必要だろう。
 ショーでも感じたが、最近の月組は大人しい。次を狙う美弥、凪七(なぎな)に覇気が
感じられない。珠城が目立つぐらい。可哀そうだが、これもトップの責任である。朝夏を
名実ともに真のトップにするべく、さくら会も頑張らねぱと感じた観劇であった。



(写真:α編集部)
 

目からうろこが…… 

 投稿者:編集部  投稿日:2017年10月15日(日)13時58分20秒
                                                                                           .
         目からうろこが…… 




 目からううろこが落ちる、という表現がある。慣用句の一種だろうと思っていたが、調
べてみると、新約聖書の中にある言葉で――あることがきっかけになって、迷いがさめた
り、物事の実態がわかるようになること――とある。いずれにせよ、この年まで生きてき
たのだから、誰しも何回か、あるいはそれ以上経験しているはずである。自分にとっての、
目からうろこの体験を振り返ってみたい。

 思い出した順に言えば、まず、イザヤ・ベンダサン(山本七平のペンネーム)の『日本
人とユダヤ人』を読んだ時。昭和四十五年頃だったと思うが、当時は、いわゆる日本人論
が大ブームで(他に『甘えの構造』『菊と刀』等々)、本書はその代表的なもの。特に有
名になったのは「日本人は、安全と水は無料で手に入ると思いこんでいる」という一節。
今でこそ海外旅行も一般化し、国によっては水のほうがワインやビールより高いことは知
られているが、当時は斬新な指摘だった。安全についても、ここ数年は、北朝鮮の核武装
化や中国による尖閣諸島周辺への侵入問題で、安全保障が真面目に議論されるようになっ
たが、当時の日本は、世界断トツの圧倒的なアメリカの軍事力の傘の下で、安全なんて二
の次、ひたすら経済発展に邁進していた。それだけに痛烈かつ有意義な指摘であった。
 ただ、目からうろこを感じたのは、この箇所じゃなく、「ユダヤ人とはユダヤ民族のこ
とではなく、ユダヤ教の教徒のこと」という論述である、つまり、アメリカ人もイギリス
人も、そしてアラブ人もユダヤ教徒であればユダヤ人ということ。事実、イスラエル建国
は、当時パレスティナに住んでいたアラブ系ユダヤ人を主体に、各国からの移住者が加わ
って成されたという。占領国ユダヤと被占領国アラブの対立という従来の図式をそのまま
鵜呑みにはできないようである。
 さて、ユダヤ人=ユダヤ教徒となれば、日本人とは何か、と考えたくなるのは必定。わ
りと多いのは、日本国籍を持つ人が日本人だという意見だが、そう簡単ではない。例えば
フランス人の奥さんを持つ日本人がいる。彼女は日本国籍を取得しているが、彼女を日本
人と言う人は少ない、と思う。日本人の日本人たる所以は何か――人種・伝統文化・言語等
色々あるが、決め手に欠ける。そこで白分なりに考えて出した結漏はi天皇を精神世界で
の国の中心と考え、尊崇と敬愛の芯をいだく人達――。皆さんの意見はどうだろうか。

 次の、目からうろこは、昭和四十年代後半、ピアニスト・中村紘子のエッセイから――
彼女がイギリス人の家庭に滞在していた時。その家にアメリカに住む友人からグレープフ
ルーツが送られてきたが、二、三日で変色し五日もたたずに腐ってしまった。中村が、日
本でもアメリカ産を食べるが、腐って一週間や十日くらいは大丈夫だけど、と言ったとこ
ろ、そこの主人は気気の毒そうな傾をして、それは防腐剤のお陰だと――。つまり、日本
には防腐剤に漬けられ太平洋を渡って届けられる。一方、アングロサクソンの仲間である
イギリス人には防腐剤なしで運ばれるため傷みが早いということ――。ショックだった。
しばらくは、レモンやオレンジが船倉の防腐剤の液の中でプカプカ浮いている様を想像し、
口にできなかったものだ。
 近年は空輸とか、色々改善されているようだが、所詮、輸入品は輸入品。食材の国産化
率の向上が望まれる。生産者の一助・育成に力を入れるべきである。といっても、TPP
反対論者ではない。日本農業低迷の一番の原因は競争原理の欠だと思うからである。ただ、
この問題については本テーマと直接関係がない故、これで措きたい。

 次は漫画の話。実は大の漫画好きで、結婚当初、少年サンデーとマガジンを毎週購読し
て、女房をあきれさせたものだ。そのDNAは息子二人に受け継がれ、今でも彼らの、ぼ
う大な蔵書を物色するのを愉しみにしている。漫画を文化的に低いレベルのジャンルと見
倣す向きもあるが、その人には、つげ義春の『ねじ式』を薦めたい。並の小説家では敵わ
ない文学性の高さに驚くはずだ。
 さて、紹介したいのは永井豪の『ススムちゃんの大ショック』。昭和四十年代後半の作
品で、永井はその後、『ハレンチ学園』や『マジンガーZ』で名を馳せる。粗筋はこうだ。
――或る日突然、大人達が子供を殺し始める。逃けのびたススム達数名が原因を話し合う。
秀才の子供が言う。子供を苦労して育てることが嫌になったというか、意味がないと思う
ようになり、やがて邪魔な子供を排除し、自由に生きることを親達が選択したからだと。
ススムは反論する。親が子供を育てるのは動物の本能ではないかと。それに対し秀才の子
は言い放つ。本能という奴を見たことがあるかと。結局、母を信じると言って、仲間と別
れ、家路についたススムを待つ運命は――。
 昨今、頻発する児童虐待事件を思うと、人間が子供を育てるのは本能なのか、それとも
見返りを期待しての利己的なものなのか、わからなくなるが、これに関し壮大な実験があ
る。中国のI人っ子政策である。
 一人しか子供を育てられない場合――親は最初に生まれた子供を“本能”にもとづき育
てるか、それとも、男なら賢そうな子、女なら可愛い子を期待して“次を待つ”か――答
えはある程度出ていると思う。老後の面倒をみてほしいとの理由で圧倒的に男の子の比率
が高いこと。男の子を欲しがって誘拐・人身売買まで起きているとか。国籍を持たない一
人っ子世代が何千万人の単位で存在する、云々――。それにしても、中国は人為的という
か、とんでもない実験国家ではある。政治は共産党一党独裁の社会主義国家、一方、経済
は世界第二の資本主義国家、本来、両立不可能なことを可能にしつつある。

 中国に関し、目からうろこの経験を述べる前に、私の「日本経済の景気に関する考察」
から始めたい――本邦初公開。まず原油価格について。昭和四十八年、オペックにより1
バレル三ドルがこ1ドルに値上がりした。これが第一次オイルショック。同五十四年、イ
ラン革命によりて1ドルが三〇ドルに上昇。これが第二次。日本の各企業はいっせいに省
エネ、脱石油のための設備投資、技術開発を図り、ぼう大な資金が投入された。しかし、
予想と違って石油の価格は上がらず、一バレルーOドル前後の低位で推移した。その結果、
多額の省エネのための投資を行なった日本製品は、投資をしなかった他国のそれより相対
的に割高になり、競争力が低下した。鉄鋼もしかり。私が川崎製鉄を離れる時、「原油価
格が三Oドルを超えない限り、日本の鉄の復権はないだろう」と予言した覚えがある。
 ところが、二十一世紀に入ると一転、鉄鋼業の業績はみるみる回復。理由は中国向け輸
出の急増だと。それも予想を紹えた量とスピードの、まさに爆買い。一国の経済発展だけ
で景気が動くことがあるんだと、目からうろこが落ちた。一方、原油価格も上昇。一時は
バレルーOOドルに迫る勢い。省エネで他国に差をつけた日本車が世界市場を席巻したが、
これこそ、私の“考察”の正しさを証明していると思うが、どうだろう。

 話は前後するが、昭和四十七年の日中国交回復以降、日本企業は中国への技術援助に力
を入れた。鉄鋼業もそれこそ手取り足取り、技術の供与、教育に努めたが、一方でブーメ
ラン効果(教えた技術で作られた製品が日本に輸入され、市場を乱すこと)を心配する声
もあった。それをテーマに関係者を集めた社内報の座談会ではI「ブーメラン効果は一時
的なもので、心配は要らない。中国が日本に対抗する工業国になるとは考えにくい。社会
主義国が経済発展をする難しさは、ソ連の例をみても明らかだ」との意見が主流で、さら
に、「もし仮に、中国が先進国と同じ経済レベルに達し、十億からの人民が先進国並みの
生活水準を求めたとしたら、世界の資源と環境は滅茶苦茶になるだろう」と――。

 環境と言えば、昨今の世界的な異常気象はすさまじい。記録的な大雨、大洪水、巨大な
ハリケーン、尋常でない気温の上昇等々、まさかとは思うが、こんな目からうろこは落ち
てほしくない。
                                   (平成二十八年十月記)

斜光22号 2017

                
                               (芸術新潮2014年1月号)


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 雪組『幕末太陽傅』『Dramatic "S"!』-初舞台応援-

 投稿者:編集部  投稿日:2017年 7月24日(月)08時40分53秒
   雪組『幕末太陽傅』『Dramatic "S"!』-初舞台応援-


4月30日、宝塚大劇出場雪組公演を観劇した。雪組トップスター、早霧せいなのサヨナ
ラ公演である。地位は人を創る、と言われるが、早霧もトップ就任を機に大きく変貌した
一人である。従来の明るさ、カッコよさに力強さと重みが加わり、実に魅力的な男役に成
長した。それに引っ張られるように雪組全体がレベルアップし、次々とヒット作が生まれ
たのだ。

 さて、『幕末太陽傅』であるが、同名の映画は、いわば、知る人ぞ知る名画である。封
切は昭和32年。興行的には、そう成功しなかったと思うが、一部、評論家や大学の映研
等では高く評価された。例えば、昭和64年、キネマ旬報が発表した「日本映画史上ベス
ト・テン」では堂々の6位にランクイン。ちなみに1位は黒滞明の「七人の侍」だった。
 この映画に強い思い入れがある、という演出の小柳奈穂子氏による宝塚での舞台化は如
何――結論から言えば、成功である。即ち、居残りという廓では最も唾棄すべき異名を持
つ佐平次が、己の才覚と度胸だけで数々の難問・事件を解決し、廻りの人達を幸せに導い
たり、目的を成就させていく。世の中を動かしているのは権力者や金持達だけではない。
名もない庶民の力を忘れるな、という映画のテーマを、江戸の情緒と人情をからませなが
ら上手く演出し、感銘を与えた。
 又、佐平次に扮した早霧のひょうひょうとした演技も見事だった。元々、彼女には、た
とえ漫画の主人公でも、何のてらいもなく、その役になり切れる、いい意味での軽さがあ
るように思う。得難い才能であり、退団が惜しまれる所以の一つである。

 『Dramatic "S"!』は、プロローグからエンジン全開のダイナミックで華やかなショー。
各組の中でもスター揃いの雪組メンバーが入れ替わり立ち替わり登場し、舞台狭しと歌い、
踊る。息もつかせぬ熱狂が続き、気がつけばフィナーレという充実した内容だった。圧巻
は初舞台生によるラインダンス。何よりもKAZUMI-B〇Y氏の振付が素晴らしい。
歴代のものの中でもトップクラスだと思う。必見である。ところで、今回の大劇場観劇の
主たる目的は、同郷で佐賀出身の初舞台生・亜音有星を応援する為。ちなみに姉は星組の
蒼舞咲歩。姉妹揃って長身・美形。将来が楽しみである。長崎出身の早霧のサヨナラ公演
で、隣県出身者が初舞台を踏む。何か運命的なものを感じるのは、単なる身びいきの感慨
かしらん。
(歌劇2017年7月号 “高声低声” 掲載)

  
(画像 宝塚HPより  α編集部)

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華の花組 『雪華抄』『金色の砂漠』

 投稿者:編集部  投稿日:2017年 1月11日(水)16時08分16秒
     華の花組『雪華抄』『金色の砂漠』



 11月の大劇場花組公演は、受賞者が3人も揃う大変豪華な舞台となった。即ち、各々
の演出を手掛けた原田諒、上田久美子の両氏は読売演劇大賞・優秀演出家賞の受賞者であ
り、[明日海りお]は『新源氏物語』で文化庁芸術祭賞・演劇部門新人賞に輝いている。

 まず、宝塚舞踊詩『雪華抄』。演出の原田氏は日本物レビューについて、日本舞踊を洋
楽で踊るという宝塚歌劇独特のスタイルを高く評価し、その伝統を守り継いでいかねばと
話されている。同感である。思えば昭和40年代初め、『日本の四季』、『日本の幻想』、
『京の川』等 日本物レビューの秀作が相次いで上演された。上月晃の民謡のうまさと共に
忘れ難い。その伝統を引き継ぐようなオーソドックスな演出で、思わず息を飲むチョンパ
から若衆と娘らの総踊りへと続く幕開きに始まり、日本の四季にそって華麗に繰り広げら
れる舞踏絵巻は時間の経つのを忘れさせる。又、きらびやかな中に渋さを感じさせる美術
や衣装を含め、氏の演出の特長である品の良さが随所に見られるが、上品すぎて、例えば
安珍と清姫の場面など、もっとおどろしさがあっても、と思うのはオールドファンだけの
感想か。

 『金色の砂漠』は、強烈な情念がほとばしる骨太のドラマ。傑作である。作・演出の上
田氏は明日海、花乃まりあについて、「サロメ」や「嵐が丘」のような狂気の恋物語が似
合う気がする、と創作の意図を語っている。あと一つ「ハムレット」も加えていいと思う
が、いずれにせよ、主役コンビのキャパを第一義に考える姿勢が作品にリアリティを与え、
観客を魅了したのだと思う。

 狂気の恋には純粋さが必要である。そもそも宝塚の特色は、清く正しく美しくと言われ
るように、際立った純粋性・潔癖性・倫理性にあると考えるが、それを最も強く感じさせ
るのが明日海である。この作品でも純粋さ故に、もたらすトラジェディ(悲劇)を熱く演
じて感動させた。花乃も最後を飾るにふさわしい作品に恵まれ好演したが、いかにも惜し
い退団である。美貌に加え、大人のおんな的な雰囲気があり、何処か子供っぽさを残す明
日海との相性も良く、残念で堪らない。芹香斗亜はナンバー2の風格が身に付き、柚香光、
鳳月杏は各々難しい役をこなし、演技の幅を広げたようだ。それにしても今の花組は、き
れいな男役が揃い、正に旬という感じ。最後に、フィナーレでの黒エンビのダンスシーン。
KAZUMI-B〇Y氏の振付けは相変わらずカッコイイ。

(『歌劇』の高声低声欄 2017.新年号掲載)

               雪華抄
         

   金色の砂漠
 ともに、2016.11 大劇場華組公演より 

注:【チョンパ】
日本物の幕開きに使われる手法。
暗い舞台で拍子木の音を合図に、いっせいに照明が点灯すると、出演者が舞台に勢ぞろい
していて華やかな幕開きとなる。
拍子木の音が「チョン」となり、照明が「パッ」とつく=「チョンパ」
(タカラヅカニュースより)


※タイトル、注釈及び画像は編集部による

668

 

建前を仕事にしていた頃

 投稿者:編集部  投稿日:2016年10月22日(土)15時23分52秒
                                                                                           .
         建前を仕事にしていた頃 




 本誌十二号に掲載の『藤原先生への手紙』でも触れたが、昭和四十三年から五十五年ま
で川崎製鉄(現JFE)の社内報「川鉄新聞」の編集を担当した。最初、その人事を聞い
た時は、まさに青天の霹靂。親にも滅多に手紙を書かない筆不精の白分か何で! と思っ
たものだ。しかし、「余人をもって代えがたし」(人事部長から直に聞いた言葉)とおだ
てられたりしながら、気がつけば十二年-人事の見る眼は正しかったということだろう。

 さて、社内報の誕生は、戦後すぐに頻発した労働争議と関係がある。その対策として企
業は、従来の「知らしむべからず」から方向転換し、会社の方針や経営状況を積極的に社
員に知らせることにより、モチベーションを高め、企業の発展に資する目的で、社内報は
生まれた。したがって、所属は本社の労働部。発行は毎月一回。全社員を対象に、発行部
数は約四万部。これを私とサブの二人で担当した。
 紙面はタブロイド版で、ページ数は、前任者から引き継いだ時は六ページ立て。これだ
と、四ページ分は機械折りできるが、あとの二ページは手作業で折り込むと聞いて、負担
が増えるのはきついが、すぐに八ページ立てに変更した。出版社は小さな町工場だったが、
大助かりと、職工さん達の私を見る眼が変わったのを覚えている。その五年後には十二ペ
ージ立てにしたから、自分でも社内報作りには向いていたと思う。
 表紙(一面)は上半分か表紙写真、あと半分が一面解説。いわゆる社説にあたるものだ
が、字数は約二千四百字。従来は、調査部や経理部に依頼し、景気の動向や経営状況を書
いてもらっていたが、数字を羅列した紋切り型が多く、面白味に欠ける。社員がもっと興
味を持ち、気持を奮い立たせるような解説を書いてほしいという声に押され、私か書くこ
とになった。いわゆる“読み人知らず”で。
 考えてみれば、入社四年目のぺいぺいが書いたものを社員が読んでくれるはずはなく、
それはそれでいいのだが、一方、そんなぺいぺいに会社の方針を書かせる会社も会社であ
る。しかし、高度成長に向かって、各企業が一斉に走り出した昭和四十年代の日本では、
それが当たり前たったように思う。現在のように、組織が固定化し、仕事が細分化し、官
僚化する一方の会社から、かつて日本経済を牽引した松下幸之助や本田宗一郎は生まれな
いような気がする。
 一面解説の話に戻るが、社内報だけに当然制約は多い。会社の方針に反することはダメ
だし、その一方で結論は会社の仕事に結びつけなければならない。原稿用紙に向かい、一
行も書けずに一週間以上経過したことも何度かある。発行日は迫ってくる。締め切りに追
われるプロの作家の苦悩を身をもって経験したわけだが―― そのうち突然、何かが降り
てきて(としか表現しようがない)、書けるようになる。後で読み返してみて、自分か書
いたものとは思えない文章が。
 ここで文章について、私の持論を述べてみたい。多少、上から目線になるかもしれない
が、社内報といえど、十二年間、文章を生業にした者に免じて許してもらいたい。また、
十一回生の古賀和彦君が主宰する「同人α」十周年記念号に寄せた文と重なるが、持論と
いうことでご容赦願いたい。
 まず、ここで言う文章は私的な日記や手紙ではなく、活字化され、複数の読者に読まれ
るものを指すが、この活字化されるという認識がポイントになる。たとえば「今日は雪が
降りましたね。寒いですね」――という会話は成り立つが、わざわざ活字にはしない。文
章になるには、その持つ情報が新しいか、役に立つか、意味があるか、という条件をクリ
アしなければならない。新しい情報と言っても、他人より数時間、数日早く知ったからと
いって、記者などを除けば、情報化社会の現代、大したことではない。同じく、情報量の
多寡もインターネットの時代、問題ではない。
 真に新しい情報とは、既に知られている情報を組み合わせたり、深めたりして、自ら創
り出すものであり、文章にも同じことが言える――。

 さて、記事には依頼ものと企画ものがあり、ほぼ半々。前者は社内外のニュースを担当
部署に依頼し、報告、解説してもらう。後者は座談会、ルポ、アンケート等で、まとめは
全て当方でやるので、毎月二万字近くは書いていたと思う。なかでも座談会はかなりの頻
度でやった。一回で二ページ分稼げる効率の良さもさることながら、社内の論客を発掘し、
彼の持つ情報を吸い上げ、共有するのが目的。したがって出席者は、各部門で優秀と目さ
れる部・課長を人事部の協力を得て選ぶことになる。当然、常連も増える。その常連の中
から取締役に選ばれる人が続出した。優秀なのだから当たり前といえば当たり前だが。や
がて、川鉄新聞の座談会は重役への登竜門と言われるようになった。
 新聞としては、社内でのステイタスも上がるし、管理職を中心に読者層も広がっていっ
たが、一般の現場の社員には「格調が高い」「硬すぎる」と言われ、読者数が伸びない。
その解決策として生まれたのが、社外の有名人と当社の重役が対談する「重役対談」であ
る。
 昭和四十九年から年に四~五回のペースで掲載したが、登場した有名人は、あの長嶋茂
雄を筆頭に三十名余。思いつくまま挙げると――スポーツ関係では、相撲の武蔵川理事長、
芸術家では「太陽の塔」の岡本太郎、音楽の山本直純、映画の山田洋次、女性では宮城ま
り子と兼高かおる、作家では新田次郎、堺屋太一、藤本義一、小松左京、城山三郎と数が
多い。学者では棲み分け理論の今西錦司、『アーロン収容所』の会田雄次、ロケット工学
の糸川英夫、医者では斎藤茂吉の長男で精神科医の斎藤茂太、『常識のウソ』の石垣純二、
その他、探検家の植村直己、ムツゴロウの畑正憲、建築家の黒川紀章、アナウンサーの鈴
木健二、『頭の体操』の多湖輝、囲碁の坂田栄男、将棋の升田幸三、『官僚たちの夏』の
モデル佐橋滋等々。
 マスコミや出版社でもないのに、よく集めたものと我ながら感心する。なお、交渉して
断られたのは司馬遼太郎と佐藤愛子の二人だけ。理由はいずれも「特定の読者対象のもの
には出ない」たった  納得。有名人対談の各々の内容、印象、エピソードについては、
いずれ機会をみて書いてみたい。

 昭和五十五年、東京営業に転勤。以後二十年間は営業畑を歩いた。いま思えば、十二年
間の社内報経験は、その後の仕事や生き方にそれなりに影響を与えたようだ。一つは、文
章は新しいか、役に立つか、意味があるか、でないと書けないということが話し方にも伝
染し、いわゆるウケ狙いで話すくせがついたこと。
 もう一つ、社内報は当然、建前を書く。かくあるべき、という。本音とあまりかけ離れ
ていると精神安定上良くないので、本音をできるだけ建前に近づけようと努力し、現在に
至っている。早い話が、言行一致ということだが、肝心なのは勇気だと思う。
                        (完)

斜光21号 2016



                
                                       (α編集部)

※『藤原先生への手紙』→ http://9328.teacup.com/create01/bbs/11

653

 

悠掲 迫らぬトップ振り

 投稿者:編集部  投稿日:2016年 8月17日(水)22時30分6秒
編集済
 
     悠掲 迫らぬトップ振り  




 博多座の5月公演・朝夏まなと率いる宙組による『王家に捧ぐ歌』。私は6月22日、朝
夏のお茶会と併せて観劇した。
 正直言って、今回の公演はあまり乗り気ではなかった。1年前、朝夏の大劇場お披露目
公演の同作品があまりに素晴らしかったからである、当時の会報にも書いたが、ここ10
年余で1、2を争う傑作だったと思う。物語り性あふれた筋立て、歯切れのいい演出、歌
も装置も良かったが、何よりも主役のラダメスを演じた朝夏が見事だった。トップになる
と人間こうも変わるの力――歌や芝居のレベルアップもさることながら、感心したのは、
その悠揚として迫らぬトップ振りである。もう何年もトップを張っていたかのような。
 その作品を、生演奏・大階段・銀橋という宝塚の誇る三種の神器の何も持たない博多座
で、しかも、2番手スターという言い方もはばかれる人気と実力の持ち主・真風涼帆と美
人度で言えば現役娘役ナンバー1の伶美うららを欠く上に、大劇場公演でのほぼ半数・38
人で演るとは――私の気持もわかってもらえると思う。

 ところが、幕が上がると共に、それまでの懸念や不安は消え去り、どんどん芝居に引き
込まれて行く。脚本を多少変えているのか、前回よりスムーズに感情移入がで、ラストの
地下牢のシーンで、アイーダを発見するくだりなど、涙をこらえるのがやっとであった。
この理由は何か――配役で言えば、真風の抜けた穴はやはり大きい。桜木みなとも健闘し
たが、真風の迫力、存在感には及ばない。一方、美人ではあるが。歌に難点のある伶美に
代わり、アムネリスを演っだ彩花まりは索晴らしかった。こうした大役は初めてだったと
思うが、歌も芝居も堂々としており、朝夏とアイーダ・実咲凛音との三人主役を見事に成
立させていた。本公演の成功のかなりの部分が彩花まりの力によると言っても過言ではな
い。実は本公演で初めて名前を覚えたわけだが、このあたり人材豊富というか、育成が上
手というか、宝塚の凄さだと思う。

 さて配役ではプラス・マイナス・ゼロ。三種の神器や人数のハンデを凌駕したのは一体?
――答えは朝夏白身がお茶会で説明してくれた。この1年間の自分を含めた宙組メンバー
の成長と進化であると。流石である。的確な分析力と表現力。彼女の聡明さがうかがえる
と同時に組子の成長と組の発展を願うトップの自覚を強く感じさせるコメントであった。
 ところで、朝夏や彩花の成長を考える時、宝塚方式、即ち、トップスターを頂点とした
徹底した実力主義と競争システム――現代日本の教育システム、 例えば、横並び主義や
“ゆとり教育”とは真逆の感じがするが、いかがだろう。SMAPの『世界に一つだけの
花』と違って、彼女たちはナンバーワンを目指して頑張り、成長しているのだ。
   ( 完 )

(「佐賀さくら会」会報2016.7月号掲載)


      
                     (α編集部)

618

 

平成の光源氏 「明日海 りお」

 投稿者:編集部  投稿日:2016年 8月17日(水)22時25分51秒
編集済
 
     平成の光源氏 「明日海 りお」




『新源氏物語』の初演は1981年、今回の花組公演は3回目に当たるそうだが、私は初
めての観劇だった。恥ずかしい話であるが、源氏物語を映画を含めて通しで観るのは今回
が初めて。プログラムに載っていた人物相関図が大変役に立った。それにしても、宝塚歌
劇の演出陣のダイジェスト能力はすごい。有名なポイント、例えば、雨夜の品定め、若紫、
朧月夜などをちゃんと押える一方、花の宴のような宝塚が得意とするきらびやかな場面を
随所に配置する――柴田先生はじめ座付作者の皆さんの力倆に感服した。

 もう一つ。恥かきついでに言えば、主人公の光源氏に対し、偏見を持っていた。いくら
高貴で美男子とはいえ、あれだけ多くの女性と浮名を流して許されるのか。男らしく、ち
ゃんと仕事や生活に向き合っているのかと。ところが、明日海・源氏が堂々と、かつ真摯
に恋愛ごとに取り組んでいる姿を観ていて、フッと閃いたことがある。それは――平安時
代、政治の実権を握っていたのは藤原氏であるが、彼らのやり方は、自分の娘を皇后とし
て送り込み、生まれた子供(天皇)の外祖父として権力をふるうというもの。となると、
将来の皇后を産み育てる、高貴で、かつ才色兼備の女性を口説き、獲得することは、もは
や単なる色恋沙汰ではなく、男の本来の仕事と言うべきではないか。特に高級貴族であれ
ば。そう考えると、源氏を取り巻く女性達が大して嫉妬もせず、むしろ敬意を持って源氏
に接しているのもうなずけよう。もち論、現代のように独占欲にかられ、嫉妬の鬼となる
六条御息所も居て、これはこれで人間の業というもの。面白いのは、当時、最も恐れられ
ていた崇りや生霊をここに登場させたこと、ストーリーテラーとしての紫式部のテクニッ
クであろう。更に言えば、父と子で不義の子を持つという、運命の輪廻を感じさせる最終
のシーンは、仏教思想で締めくくるという作者の意図を示すものといえよう。

 明日海(あすみ)の光源氏は立派の一言に尽きる。生来の品の良さと純粋性が、たとえ
情事の場面でも清潔感があり、ひたむきな源氏の生き方を表現していた。春日野八千代を
昭和の源氏役者とすれば、新しい平成の源氏役者の誕生である。

(『歌劇』の高声低声欄 2016.新年号掲載)
※タイトルはα編集部による


     
                   (α編集部)

618

 

老後の目標

 投稿者:編集部  投稿日:2015年10月18日(日)10時35分37秒
編集済
                                           .
                   老後の目標



 この年になって、やっと自分の人生の目標がわかってきたように思う。今頃になって?
 少し遅すぎやしない? という声が聞こえてきそうであるが……。そう言えば、小学六
年の授業で「将来の夢」を発表することになった。散々考えたあげく「大きな会社に入っ
てきれいな嫁さんをもらうことです」と言ったところ、担任の女教師は「えらく現実的な
夢ね」とつぶやき、教室内の反応も、もひとつだった。以来、夢とか目標といった話は敬
遠するというか、真面目に考えたことがない。
 それで失敗したことがある。大学受験の時。国立の場合、理科は物理・化学・生物から
の二科目選択で、理系は物理が必須であった。当時、“大きな会社”に入るには理系の方
が有利と言われており、深く考えもせずに高一=生物、高二=化学、高三=物理のコース
を選択した。そして高三の最初の模擬テストで、物理の成績は百点満点として五点。もち
ろん、総合ランクは急落した。それでも気を取り直し、夏休み明けの模試に臨んだが、十
五点。やっと自分は理系には向かないと悟り、急速、生物に変更。二週間のにわか勉強で
受けた生物の模試の成績は六十五点。否応無しに文系へと進路を変えた次第。
 その後、紆余曲折を経て、運良く“大きな会社”(川崎製鉄)に入社。そこで同期の連
中に進路で悩んだ話をしたところ、事務系の仲間は一応理解を示してくれたが、技術系は
全員が全員、信じられないと言う。そして多少嫌味もあると思うが、我々技術者は各々の
専門分野を究めるのに時間がかかる、進路で悩むような時間は無い、と一笑された。
 つまり、進路で悩むのは、文系だけだということ。皆さんの中で、孫からその種の相談
を受けることがあったら、即座に返答したらいい、文系へ行けと。おじいさんの株が上が
ること必定である。

 さて、本題に入るが、私の目標は人生の訳知りになること。訳知りとは、人生や物事の
事情に通じていることを言うが、世間一般の常識的な見解とは違って、人生の機微を解す
るというか、表面からは知りえない微妙な心の動きや真理を知ることだと考えている。
 具体例として、手前味噌になるが、本誌十四号掲載『毒舌家』(←*リンク 編集部)で書いた
ブス論議がわかりやすい。世間一般には美人の方が冷たくて、性格が悪いように思われて
いるが、実際にはブスの方が根性が悪いということを綾々説明したつもりである。その後、
社会面で、ブスだからと安心して貢いだ男性が殺害されるという気の毒な事件が相次ぎ、
私の訳知りが多少は証明された、と思っている。
 実は、私のブス論議と殆ど同じ論旨を流行作家の百田尚樹が『モンスター』で展開して
いる。私の妻など、あまりに似ているため本の発行日を調べたほどだ。なお、百田のベス
トセラー『永遠の○』は文学的レベルはさておき、私らの世代なら泣けること請合いであ
る。
 この例でもわかるように、訳知りかどうかは非常に微妙な問題で、下手をするとすぐに
独りよがり、独善に陥る。それだけに面白いし、人生の(実際には老後の)目標たりうる
のではないか、と思っている。したがって、以下述べることも、訳知りなのか独りよがり
なのか、読者諸君の厳正な評価を期待する次第である。
 まず、わかりやすいところで、老いについて。老人と若者とを比べて、一般的には若者
の方が短気だと言われている。しかし、これまでの経験では、短気なのは明らかに老人の
ほうだ。理由もはっきりしていて、身体的劣化で我慢ができないから。短気に見えないの
は単に反応が鈍いだけのことである。
 ところで、訳知りということを文中でよく使った作家は司馬遼太郎である。司馬は好き
な作家で、私がその人の全作品を読んだと言えるのは、彼と藤沢周平である。現役では東
野圭吾と宮部みゆき。この四人に共通するのは駄作が極めて少ないこと。ただし、作家や
芸術家など創造性を要求される仕事は六十才くらいまでが限界だと思う。司馬は『菜の花
の沖』あたりが分岐点で、それ以降の、例えば『箱根の坂』、『韃靼疾風録』はいい作品
だが、くどい。彼、独自の歴史観が何回も繰り返され、食傷する。自戒をこめて、年のせ
いである。
 次に恋愛について。よく恋愛と結婚は別だと言う人がいる。結婚は世間体とか、生活の
安定とか、悪い言い方をすると打算が働くからと。しかし、私は若い時からずっと恋愛も
一緒じゃないかと思っていた。そんな時、寺山修司作詞の『時には母のない子のように』
に出会って、その思いを強くした。不思議な歌詞で、母から離れて自由になりたいと言い
ながら――母のない子になったなら、誰にも愛を話せない――と歌う。この母とは、世の
中のしきたりや生活のことと私は解する。これらの制約がなければ、恋愛そのものも成立
しないと言いたいのではないか。
 この恋愛観は男女の違いもあろうし、異論のあるところだと思うが、面白い話がある。
官僚上がりの作家で大臣にもなった堺屋太一はかなりの晩婚であったが、その時のプロポ
ーズの言葉――私と結婚していただければ、お金と浮気の心配はさせません――は、流石
に女心がわかった訳知りの弁だと思う。
 話を戻して、ある種、制約がなければ恋愛も成立しないと言ったが、このことは、社会
や組織、文化等、人間活動の様々な分野で言えることではないだろうか。とくに、制約と
は反対の意味の自由も――。
 例を挙げたい。冷戦時代の東欧圏で、社会主義国ならではのジョークが生まれた――自
由を求めて脱出した男がしばらくして戻ってきた。理由を聞くと、あちら(自由主義)の
国では洗濯機一つ買うにも何種類かある中から自分で検討し、自分で決めなければならな
い、それが苦痛で戻ってきた。こちらは性能が悪くても一種類しかないから楽だと――。
 このジョークと、サルトルだったと思うが――第二次大戦中、ナチスドイツの占領下に
あったパリの市民ほど自由を享受できた時代はない――という趣旨の言葉とを重ね合わせ
ると興味深い。
 人間は自由を求めるが、同時に何らかの制約を必要とする。宗教(戒律を伴う)が生ま
れた理由の一つかも知れないし、オウムの教えを盲信した高学歴の信者のこと、ゆとり教
育が失敗した理由等々、考えがあっち飛びこっち飛びするところが訳知りの醍醐味である。

 人生の訳知りになることを目標にした以上、毎日が勉強である。新聞・雑誌・テレビ等
の情報収集はもちろん、読書・会話・旅行・講演や映画・演劇の鑑賞等を通じ、訳知りレ
ベルの向上に努めている。その過程で、この年になるまで、こんなことも知らなかったの
かとの新発見、新体験が度々あり、実に楽しい。
 先日も読売新聞の日曜欄に貝原益軒の話が載っていた。あの腹八分目を提唱した先生だ
が、その著書『養生訓』で――身を健やかに保ち生気を養うには大切にすべきただ一文字
がある。それは〈畏(オソレ)の字是なり〉。畏れるとは身を守る心の法であり、気ままを畏
れるところに、慎みの心が生まれる――と。感服した。先生こそ人生の訳知りの達人だと。
同時に、人生の訳知りになりたいなんて畏れを知らぬ不届き者め、と叱られた気がした。
                                   (完)


              

斜光20号 2015

474

 

毒舌家

 投稿者:編集部  投稿日:2014年12月 9日(火)12時08分39秒
  .

                毒舌家 




 佐賀でよく行く店に"くーぷらん"がある。
 同窓の原田勝美君がやっている店で、奥さんの広子ママのボーカル(ジャズ、シャンソン)
を中心に勝美さん(ピアノ)、息子さん(ピアノとトランペット)、そのお嫁さん(バイオリン)
が演奏を行なうライブ付きのハイセンスなバーである。
 その店で、広子ママは私のことを毒舌家の牟田さんと呼ぶ。本音を言っているだけだと反論
はするのだが。どのような話をしているかというと―。
 世間では、「綺麗なバラにはトゲがある」とか「顔じゃないよ心だよ」といったブス擁護論
が横行している。中には本気でそう思っている人もいるらしい。しかしそれは間違っている。
大ウソである。一寸考えればわかることだが、小さい時から可愛い可愛いと言われて育った子
とそうでない子とがいて、成長した時、どちらが素直で心掛けのいい娘になるか、どちらがひ
ねくれて根性の悪い娘になるか。答えは明々自々であろう。では、どうしてブス擁護論がはび
こるのか、その答えも簡単で、ブスの数の方が圧倒的に多いからである、もちろんブス擁護論
がすべて間違いというわけではない。「美人は飽きる。ブスは
慣れる」これはある意味では正しい-。こういった話を酔いにまかせて大声でしゃべるものだ
から、回りの女性は当然引く。毒舌家はTPOが肝心である。その点、くーぷらんは気が楽で
ママなど、また牟田さんの毒舌が始まったと言いながら結構面白がって聞いてくれている、よ
うだ。

 さて、このところ毒舌の鉾先は時節柄、官僚・役人批判と教育問題に向くケースが多い。
年金に対する社保庁のずさんな対応、ワタリといわれる天下り、独法十二兆円の無駄遣い、裏
金づくりに居洒屋タクシーと、官僚制度の実態が暴露されるたび、あきれ驚き、腹わたの煮え
くり返るような怒りを覚える昨今である。そのような時決まって、あまり官僚を攻撃すると優
秀な人材が集まらない、なんて言う役人上がりの政治家がいる。情けないことにそれに対して
反論をするコメンテータや記者がいない。どうして「優秀な人材がいて、国が八百兆も千兆も
借金するか」と言い返さないのだろう。
 さらに、戦後日本の復興、経済的発展をリードしてきたのは官僚だと主張する人もいるが、
これも間違い。
 私が勤めていた川崎製鉄(現JFE)の初代社長、西山弥太郎はテレビドラマにもなった
「華麗なる一族」(山崎豊子)の主人公のモデルだと言われている。(註:反対を押し切って
高炉建設に邁進したという意味で)
 当時、八幡、富士等、旧官営の会社に独占されていた銑鉄(高炉で生産する)の確保のため
高炉建設を計画したが、業界はもちろん役所や銀行も大反対。時の一万田(いちまだ)・日銀
総裁が、「(もし建設を強行するなら)製鉄所の屋根にぺんぺん草を生やしてみせる」と言っ
たのは有名な話である。
 結局、川鉄が高炉を持てたのは世界銀行の借款に成功したお蔭であるが、その後、住金や神
鋼が相次いで高炉メーカーに参人、やがて日本製鉄業は世界でトップの位置を占めることにな
る。鉄鋼と並び、戦後日本の経済発展を牽引した自動車・家電産業も、本田宗一郎、松下幸
之助、ソニーの井深、盛田等、民間の企業家の先見性とバイタリティに溢れたリーダーシップ
により発展したもので、官僚の力では断じてない。彼ら(官僚)がやってきたのは得意とする
規制で、起業家の足を引っ張るかたわら、乏しい財政の貴重な資金をせっせと石炭産業に注入
していたのである。
 役人たちの先見性のなさと頑迷さ、とくに状況の変化を考慮に入れずひたすら当初の計画通
りに実行しようとする執念には正直言って驚かされる。身近なところでは諫早の開拓も、そも
そもは農地開発のためであり、一方で減反政策を採りながらの事業推進は時代錯誤と言われて
も仕方があるまい。その他、ダム、空港、道路、新幹線と、枚挙にいとまがないが、このエネ
ルギーはどこから生まれるのか。不思議である。恐らく、事業を織り込んで作った人事計画を
守ることにより、天下り先を含むポストを維持、確保するためと考えるが、確証がないのでこ
れで擱(お)く。

 次に大分県で起きた教員汚職事件はどうやら一県だけの問題として幕引きがなされそうであ
るが、それを信じている国民は少ないだろう。全国のあらゆる都道府県で同じことが行なわれ
ていると"確信"しているのではないか。
 問題は教師の採用がブラックボックス化していること。即ち、採用試験にどんな問題が出さ
れ、どんな基準で合否が決まるのかが一般にはよく見えない。大分県の○六年、○七年の合格
者のなんと半数、計四十名が不正によるもので、それを被告の参事とその上司の二、三人で決
めていたという事実、それも恐らく長い間続けられていたのに表面化しなかったこと、この閉
鎖性は驚くべきものがある。
 この閉鎖性の原因は教員の世襲化にあると思う。マスコミや第三者機関で正確に調べてほし
いのだが、小中学校の教師のうち近親者に教師を持った家庭の出身者がどれくらいいるのか、
私は半数は下らないと思う
政治家、医者、経営者から芸能人まで世襲化はあらゆる分野に広がり、社会全体に閉塞感が満
ちている今日であるが、少なくとも彼らには選挙、成績、人気といった歯止めがある。教師は
ようやく免許更新制が言われるようになったが、本来、不適格、不適正の教師を排除するシス
テムがない。しかし実害は大きい。一人の不適格な教師が四十人の生徒を受け持ち、一年ごと
に担当を変えて三十年勤めると、被害は一千二百名に及ぶことになる。
 解決策はただ一つ。親が教師の人は教師に採用しないという条例を出すことである。劇的に
あらゆるものが変化すると思う。即ち、教師自身による耳を疑うような不祥事をはじめ、イジ
メを含む子供達の非行、学力の低下等々の改善が。大阪府の橋下知事なら検討してくれるかも
しれない。
 職業選択の自由はどうなるんだという反綸はあろう。しかし、部外者の参入を業界挙げて妨
害し、世襲化を進め、職業選択の自由を奪ったのは教育界そのものではないか。

 最後に、私の一番嫌いな歌詞はSMAPの歌う『世界に一つだけの花』である。 その点、
イチローはエライ。「オンリーワンでいいなんて甘えたことを言っちゃダメ。ナンバーワンを
目指さなきゃ」と。流石である。第一回WBCの時の発言といい、イチローは毒舌家の鑑(かがみ)
である。
                               (平成二十一年二月記)
斜光14号 2009年

          
                 (α編集部)


138

 

賛・燦・サッポロ 

 投稿者:編集部  投稿日:2014年12月 9日(火)10時59分45秒
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             賛・燦・サッポロ 


     南国の地佐賀の男が北海道札幌へと赴任。馬の種付けツアーとも言える
     「日高ホースインラブツアー」まで企画し、紳士だけでなく淑女たちか
     らも大好評を得たようです。札幌/北海道の土地柄・人柄に惚れ込んだ
     に違い在りません。札幌の「明るさ」がどこからきているのかに触れた
     大学新聞の筆者寄稿記事を読むとなるほどと思わされます。何処に住も
     うと、その土地の良さをじっくり見つけ出し味わうことができる目を持
     っている人です。(編集部)






 昭和五十六年から六十四年(平成元年)の六年間、川崎製鉄(現JFE)札幌支店に勤
務した。
 その後、大阪支社に転勤となったが、子供の学校の都合で三年間単身赴任をした(いわ
ゆる逆単身)。したがって家族は九年間札幌に居たわけで、二人の息子にとって札幌は名
実ともにふる里である。
 後段に紹介する「賛・燦・サッポロ」は、当時たまたま札幌を訪れていた母校、早稲田
大学新聞に頼まれて書いた札幌紹介記事である。二十年も前の話で恐縮ではあるが、内容
もさることながらタイトルが大層気に入っており捨て難く掲載させていただく次第である。
 タイトルといえば、札幌でもう一つ忘れ難い思い出がある。
「日高ホースインラブツアー(以下HHILTと略す)」である。競争馬の産地、日高地
方に馬の種付けを観に行くバスツアーを企画し、その案内状に付けたタイトルがそれであ
り、ホースとフォールをかけた所がミソである。
 話の発端は、脱サラした友人が各地を放浪したあげく日高の牧場の入り婿におさまり、
一度、競走馬の種付けでも見に来いと誘ってくれたことに始まる。同行者を募った所、我
も我もとあっという間に二十人を超え(このあたりが北海道の北海道たるゆえんである)
どうせなら、バスを一台仕立てて行こう、日頃お世話になっている薄野のお姉さん方にも
声を掛けようということになり、私が案内状を書く羽目となった。確か出だしは「春まだ
浅い日高の星を訪れ、そこで繰り広げられる馬たちの甘く、また厳粛な生の営みを見学し
……」であった。
 そして三月某日朝、時計台前に集合したメンバーは男性二十五名、薄野(すすきの)のク
ラブ・バー・スナックの女性十五名。
 コースは種馬所を見学後、ケンタッキーファーム(観光牧場)で昼食(ジンギスカンバ
ーベキュー食べ放題・飲み放題)、帰路に名馬シンザンの近況を訪ねるというもので、車
中の飲み物代まで入れて男七千円、女三千円。これできっちり予算内でおさめたのだから
プロデューサーとしての腕もまずまずであろう。
 好評(?)に応え翌年も挙行した。タイトルは当然「HHILTパート2」である。案
内状の書き出しは「日高の里にまたまた春が訪れ、ホースインラブの季節がやってまいり
ました……」であった。今度のコースは、種馬所見学後、静内にある二十間道路の桜(明
治天皇の御料牧場の導入路で、幅二十間の両側に桜並木が三千本、えんえん七キロに及ぶ
桜の名所)の花見をするというもので、題して「お馬と桜(ハナ)と××××(ニャンニャン)と」。
 さすがに三年目は、もう結構という女性陣の声で打止めとなったが、噂を聞き付けた東
京本社の御偉方(おえらがた)やユーザーの方々を連れてのVIPツアーを数回は催した。
その都度、薄野のママさんに頼んで若い子を二、三人出してもらうのが難儀といえば難儀
であった。なぜなら、種付けなんて男だけでみてもそう面白いものじゃなく、キャーとか
スゴイとか女の子達の嬌声があって初めて成り立つものだからである。
 結局、下見も含めて五十頭(二十五回)以上は観たであろうか。当然、種付けには詳し
くなった。もはや通といっていい。ちなみに、私の得意とするうんちく話ベストスリーは
一に宝塚(歌劇)、二に種付け(馬に限る)、三、四がなくて五に風の盆である。
 前置きが長くなった。本題に移ろう。



【賛・燦・サッポロ】 (早稲田大学新聞寄稿記事)
 札幌には青空がよく似合う、と太宰治が言ったかどうかは知らないが、札幌では四季を
間わず澄みきった青空の日が多い。同じ雪国でも、日本海側の諸県とは決定的に違うとこ
ろだ。
 札幌は明るい。街も、そして人も。
 この明るさは何処から来るのだろう。経済的には豊かとは言えない。従来、北海道は三
%経済といわれており、個人所得もそれに準じて低い方である。加えてこの数年、『一セ
ン(造船)ニタン(炭鉱・減反)ニテツ(国鉄・鉄鋼)三ザン(水産・林産・非鉄鉱山)』
と言われるように道内主要産業は軒並みダウンという有様で、状況はかなり暗いのである。
 それでも、札幌の人は明るく、くったくがない。 それに、よく遊ぶ。いつかタモリが
「北海道は道民挙げて遊べ遊べだもんね」と言っていたが、それは一面当っている。夏場
は「短い夏を精一杯エンジョイしよう」と遊び、冬場は「(雪で閉ざされて)やることが
ないから遊ぶ」ということになる。これは、宵越しの金は持たないとする昔の江戸っ子に
似た気質と大陸的な楽天性-それこそ貯蓄のし過ぎで世界中のひんしゅくをかっている今
の日本人とは異質のものだ。もっとも、首都圏のサラリーマンに比べると、家や土地も随
分と割安だし、若い人たちにとって助かるのは結婚式が会費制だということだ。腕のいい
発起人なら披露宴の費用はもちろん、新婚旅行の費用まで会費で賄ってしまう。 反面、
気軽に結婚できるのが離婚率の高い一因だという説もあるが、ともかく、華美にぜいたく
になる一方の内地の結婚式に比べて、合理的だし、さわやかである。
 更に言えば、百五十万もの人が住む日本で五番目の都市でありながら、車で十五分も走
ればスキー場へ、三十分でゴルフ場へ行ける。一寸、山に入れば「ヒグマに注意」の看板
にぶつかるという豊かな自然、人口密度の希薄さからくる生活コストの低さ―この真の意
味の豊かさが札幌の人の明るさ、くったくのなさ、おおらかさを育んでいると思う。そし
て、「世界一の金持国と言われても、豊かになったという実感がない」とぼやきながら、
土地転がしと財テクに狂奔する現代日本人がいつの間にか失くしたものが、ここには残っ
ている。

     さみしい時 むなしい時
      私はいつもこの町にくるの
     どこか違うの この町だけは
      いつも私にやさしくするの

      そう、どこか違うのだ、札幌の街は。


斜光13号 2008年

          
                        (α編集部)

138

 

藤原先生への手紙

 投稿者:編集部  投稿日:2014年12月 9日(火)09時17分24秒
編集済
                           .

            藤原先生への手紙





 これはベストセラー『国家の品格』の著者、藤原正彦・お茶の水女子大学教授へ出した
手紙である。期せずして自分の半生記、ならびに最近考えること、近況などを表わしてい
ると思い投稿した。

               - 記 -

藤原正彦様

 拝啓 紹介もなく、突然の手紙でご迷惑をおかけし申し訳ありません。実は、一月二
十五日付の読売新聞に掲載された先生の『ライブドア事件を語る』を拝見し、まさにわが
意を得たりという同感のうれしさと、先生が新田次郎先生のご子息と知り、そのなつかし
さとから思わず筆をとった次第です。
 先生のおっしやるように、今の日本、とくに若者をダメにしている一番の元凶は「市場
原理主義に基づく企業のリストラ」にあると思います。
 私は旧川崎製鉄(現JFE)のOBで、昭和四十年に入社しました。当時の川鉄は毎年
百五十人からの大卒を採用しており、そのお陰で、私クラスの人間でも入社できたわけで
す。それが昭和五十年代後半、構造的不況(設備過剰による価格のド落と国際競争力の低
下)により、会社は中高年に対しては希望退職、肩たたき、若者には採用の中止、手控え
という人員削減、リストラを断行しました。五十五歳以上の部課長が集められ、人事担当
からリストラ策の説明があったと聞いた時、長年培ってきた愛社心がガラガラと音を立て
て崩れていくのを今でも覚えています。
 しかし、中高年はまだいいです。問題は若者たちです。勉強すれば、いい大学に入れる。
そこを卒業すれば、いい会社に入れてきれいな奥さんももらえる、いい生活もできるとい
う、ささやかですが、現実的な夢を持てなくなったわけです。職業に貴賎はないといいま
すが、大学を出て派遣社員というのでは夢は持てませんし、結婚する気にもならないでし
ょう。少子化の最大の原因は、企業が新入社員の採用を極端に減らしたことです。川鉄で
も、私が退社するまで毎年の新入社員の数は三十人前後で推移したはずです。これでは、
超エリートしか入れません。企業が通常の事業活動ではなくリストラで利益を上げようと
いう体制に転じたこと、即ち、先生のおっしやる市場原理主義の悪しき例です。

 ところで、私は昭和四十三年から五十五年までの十二年間、会社の社内報「川鉄新聞」
の編集担当をしていました(余人をもって代えがたしと言われて、つい長くなったのです
が、その後は営業畑でバリバリ(?)やったつもりです)。その川鉄新聞の一番の目玉が
「重役対談」で、当社の役員と社外の有名人との対談企画でした。長嶋茂雄(なんと昭和
五十年新年号)、岡本太郎、畑正憲、黒川紀章、山田洋次、小松左京、城山三郎、会田雄
次、宮城まり子、兼高かおる、堺屋太一、囲碁の坂田、将棋の升田……と、今思い出しても
わくわくする各界の超有名人の方々、四十数名との対談記事で、そのお一人が新田次郎先
生でした。ちょうど「八甲田山」の映画がヒットしていた頃で、東京會舘の一室で当社の
T取締役と対談していただきました。対談中、先生は終始ご機嫌で、例えば終了後、当社
からのささやかな謝礼を手に「これから皆で銀座へ繰り出そう」とおっしやったほどでし
た。
 その理由の一つは、T重役が先生の全集を全巻読んだうえで対談に臨んだことで、「普
通は一、二冊、それも解説を読んで、さも全部読んだように言う人が多いのに、さすが川
鉄さんは違う。感心した」とおほめの言葉をいただきました。ただ、残念なことは、重役
が技術屋のためか、ボキャブラリーに乏しく、いちいち書名を挙げては「あれは良かった、
感動した」の繰り返しだったことです。先生も気を使われ、私に対して「きょうは少しし
ゃべり過ぎたので、私の発言を重役に一部差し替えて編集してくれ」と言われました。
 しかし、私も編集者のはしくれ、意地でもそれはできないと、重役の発言を色々と膨ら
ませて対談にまとめあげ、先生にご高閲をお願いしました。すると、先生から一部訂正の
うえ、私あてに、直筆で次の文章が送られてきたのです。

 「大変良くまとまっています。これならプロのトップ屋にも、インタビュアーにもなれ
  るでしょう。しかし、寄らば大樹の陰、川崎製鉄で頑張って下さい。新田次郎」

感激しました。この手紙はうちの家宝で、アルバムに大事に保管しています。

 以上が、ぶしつけながら、長々と手紙を書かせていただいた理由です。
今、私は佐賀の実家に帰り、学生寮を経営しています。近くにある西九州大学の指定寮で、
二十五人の女子大生をあずかっています。家は、弥生式遺跡で有名な吉野ヶ里公園から車
で五分行った所にある櫛田神社の境内にあります。博多の櫛田神社と同系ですが。格はう
ちが上です。もし、吉野ヶ里公園に来られた時は是非お立ち寄り下さい。お待ちしており
ます。         敬具


       
      藤原正彦氏イラスト/『世にも美しい数学入門』より(α編集部)


(斜光12号 2007)

138

 

暗がりの中の青春

 投稿者:編集部  投稿日:2014年12月 9日(火)08時59分17秒
  .

           暗がりの中の青春
        ー高校時代の思い出の映画ー 





 青春時代なんて自分にあったんだろうかと時々思うことがある。時期的には高校時代と
いうことになろうが、その頃はといえば、運動ダメ、クラブ活動せず、勉強もいい加減、
異性とは口もきいたことがない…これじゃ青春なんて言葉はどこを探しても出てこない。
ただ、もしあったとすれば、それは映画館の暗がりの中で過ごした束の間の時ではなかっ
たか。
 そんな“青春した”思い出の映画をいくつか挙げてみたい。

 最初は誰が何といっても「昼下がりの情事」である。恋愛映画を初めて観たせいか(そ
れまでは活劇ものしか観たことがなかった)オードリー・ヘップバーンに一目惚れしたせ
いか、とにかく、その衝撃は大きかった。おふくろなんぞ今でも、元明が一浪したしたの
はあの映画のせいだと言っているし、姉や妹も、あの頃深夜になると、決まって「魅惑の
ワルツ」(映画の主題歌)をうなり出すので気持ちが悪かった、と言っている位だ。
 ヘップバーン熱は、そのあと続いて観た「ローマの休日」でピークに達し、遂には“
戦友”久富文雄君の勧めでファンレターを出すまでになった。確か出だしは“Dear Audry,
I am your fan”であったと記憶する。

 次に挙げたいものは「芽ばえ」である。避暑地を訪れた上流社会の少女と地元の少年と
の淡い恋の芽ばえと別れ。というありきたりの筋であるが、妙に忘れがたいのはやはり主
人公達が同世代であるということ(そんな時があったんだ!)と、ヒロインのジャクリー
ヌ・ササールの魅力であろう。ヘップバーン2世と言われた清純な顔立ちとグラマラスな
肢体、黒の水着姿のまぶしかったこと。人間離れした美しさのためセックスアピールに欠
けるヘップバーンにもの足りなさを感じ始めたせいであろうか。

 “ヘップバーン離れ”に拍車をかけたのが「大いなる西部」のジーン・シモンズである。
確か高2の時で、久富君と真﨑精治君との3人で封切日にわざわざ博多まで観に行ったは
ずだ。
 冒頭の馬車の疾走シーンから、戦いが終わって立ち去る二人の背中ごしに広がる大いな
る西部の景色、というラストシーンまでこれほど完璧で気持ちのいい作品を私は知らない。
その後のマカロニウェスタンの勃興等を考えると、正統派西部劇最後の傑作であり、また、
古き良きアメリカの終焉という見方もでいるかもしれない。
 そしてジーン・シモンズ。成熟した女のもつ気品と優しさ、それでいて時折みせる童女
のような可愛さ…イイ女というのはこういう人のことをいうんだろうかなあ、と暗がりの
中でつぶやいたものである。

 と、まあ、暗い映画好きの青春が何やら華麗な女性遍歴の話みたいになったのは、過去
を懐かしむ老人ボケの始まりかしらん。

「青春のあの日」1991


              

2014.12.9差し換え

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宝塚を好きになった理由

 投稿者:編集部  投稿日:2014年12月 7日(日)14時52分29秒
編集済
  .

         宝塚を好きになった理由 
             「ヰタ・タカラヅカアリス」




    ファン歴約半世紀、地元佐賀で同郷のタカラジェンヌを応援する「さくら会」
   の会員でもある熱烈宝塚ファーンの回顧録です。宝塚ファンは女性という固定
   観念を打ち砕かれました。そう言えば手塚治虫もファンでした。アトムも妹ウ
     ランも母リンもどこか宝塚少女顔です。
    「ヅカ男」になる理由、経緯は人それぞれでしょうが、押し並べて一度良さ
   を知ると男女とも抜けられなくなるようです。あのけばけばしい化粧と出で立
   ち、大袈裟に聞こえる台詞に振り付け、そこに違和感を覚ていましたが、男女
   問わずその熱烈ぶりを見ると、宝塚には人を虜にするものがあるのだと考えさ
   れられる作品です。聞き覚えのあるタカラジェンヌの名前、作品がたくさんで
   てきます。  (α編集部)






  プロローグ

  "佐賀さくら会"をご存じだろうか。宝塚歌劇を愛する佐賀県民の会で、会員は二十余
名。会員相互の情報交換と親睦、及び佐賀県出身のタカラジェンヌの応援を主たる目的と
している。現在、佐賀県出身の劇団員(生徒と呼ぶ)は五名。うち、朝夏(あさか)まな
と、夢乃聖夏(ゆめのせいか)はそれぞれの組で二番手、三番手と目されるトップクラス
のスターである(註:組は花・月・雪・星・宙の五組)。県の人口や経済規模からいって
頑張っているといえる。たとえとしては変だが、高校野球の夏の甲子園で二回優勝してい
ることと似ていなくもない。
 さくら会には二○一二年、久富文雄君の紹介で入会した。"宝塚を好きになった理由”
は同会の会報(月刊)に二○一二年五月から二〇一四年三月まで連截したもの。書くにあ
たっては、森鴎外の『ヰターセクスアリス』を意識した。同作品は鴎外の自伝的要素が濃
いと言われ、主人公の性的生活史を記したものだが、性を宝塚に置き換え、自分の半生を
振り返ってみた次第。副題は「ヰタ・タカラヅカアリス」。


  第一章 ミュージカル

 「どうして宝塚を観るんですか」と聞かれたことがある。あまりに直接的すぎる質問だ
ったため、一瞬言い淀んだのち、「もともとミュージカルが好きだったから」と答えたが、
内心では一寸違うな、と考えていた。
 昭和三十八年、束京宝塚劇場・星組公演『虹のオルゴール工場』が初めて観た宝塚であ
るが、レベルの高さに感心したものの、ハマルという感じではなかった。観劇を薦めたの
は当時、京都府立医大生たった久富文雄君で、「ミュージカル好きの君なら絶対気に入る
はずだ」とあった。確かに、プロローグーつとってみても、セリフから歌へ、ソロからコ
ーラスやマスダンスヘ、というダイナミックな展開は素晴らしく、かつてのハリウッドミ
ュージカルを彷彿とさせた。敢えて言えば、戦後、日本で和製ミュージカルと銘打って発
表された数多くの作品中、真にその名に値するのは、この作品と、同じ作者(高木史朗作
・演出、中元清純 作曲)による『港に浮いた青いトランク』の二作品だけだと思う。
 ともあれ、宝塚を好きになった理由はミュージカルだけではなかったようだ。



  第二章 私の会った大物スター

  翌三十九年、二回目の宝塚、雪組公演『クレオパトラ』を観た。菊田作品らしい才気
溢れる楽しい舞台であったが、宝塚ファンになったという認識は未だなかった。ただ、主
題歌が耳に残り、終演後には口ずさめるようになっていた。こういう経験は昔はよくあっ
たが、今は殆どない。私か老いたのか、作曲家のレベルが落ちたのか、多分両方だろう。
ところで三十年後、大阪・北新地のクラブで真帆(まほ)志ぶきに会い、その主題歌を披
露し喜ばれたことがある。当時は川崎製鉄の営業部長で、羽振りも良かった。その店では
水代玉藻(みずしろたまも)にも会った。いかにも老舗の大店の出らしい、品のいい艶や
かな人だった。
 昭和四十三年には大物中の大物、上月晃(こうづきのぼる)に会った。川鉄の "社員
と家族のための慰安会" が大劇場貸切という形で行われ、当時、社内報の担当者だった私
にインタビュー役が回ってきた。時間がないとかで、開演五分前に舞台の裏でやることと
なり、羽根飾りをつけた大勢のタカラジェンヌが取り囲む中、質問開始。その最後に「理
想の男性は?」と聞いたとろ、私の眼をじっと見て、あの特徴のある声で「誠実な人」。
震えたなあ。



  第三章 憧れの神戸

 昭和四十年、川崎製鉄に入社。最初の一ヶ月、神戸本社で新人社員教育があり、次いで
配属先の千葉製鉄所で一ヶ月の現場実習教育があった。
 ところで、キムタクが主演したテレビドラマ『華麗なる一族』(山崎豊子原作)のモデ
ルが川崎製鉄であることをご存じだろうか。神戸の一平炉会社が八幡・富士をはじめ官民
挙げての大反対を押し切り高炉メーカーヘと成長したわけだが、その舞台が千葉製鉄所だ
った。したがって、製鉄所の士気は高く、活気に溢れていたが、一新入社員としては、教
育期問中過ごした神戸と比較して、そのギヤップに愕然としていた。
 風光明媚でいて都会、国際色豊かな港町でありながら、「細雪」の舞台としての雅さも
ある。あの頃の神戸は日本一魅力のある街だった。それにひきかえ、当時の千葉は田舎の
漁村が一気に京葉コンビナートに変貌する過渡期にあり、街全体が工事中という有様で殺
風景なことこの上ない。つくづく、神戸に残れば良かったと悔やんだものだ。
 その時、天啓の閃きが。そうだ、日比谷の東宝劇場に行けば憧れの神戸に逢えると。い
よいよ核心に近づいたようである。



    第四章 架空デート

 もう一つ、宝塚通いを始めた理由がある。当時、製鉄所の現場の社員は三班に分かれ、
朝・昼・夜勤を一週間ごと交代して勤める三直三交代制(三班勤務という)であった。事
務職の場合、班勤務者は少なかったが、唯一の例外が鋼材工程係で、同期では唯一人、私
が配属された。班勤務に入ると、三交代の連続勤務のため、完全な休日はなく、代わりに
二日の代休が生じる(註:今は四直三交代制で五勤二休の勤務態様)。代休は常昼者のい
る平日に消化しなければならない。考えてみてほしい。同期の友達は全員会社に行ってい
る時、恋人もいない若者がどうやって二日もの休日を過ごすのか。宝塚という、架空を相
手のデートの始まりである。最初のデートは四十年七月の月組公演『スペードの女王』。
殺される老夫人役を演(や)った美吉佐久子(みよしさくこ)が印象深い。
 当時のデートコースは観劇後、神田の古書街に寄り雑誌・歌劇の古本漁り(お陰で昭和
三十五年以降の全冊を収集)をし、新宿まで歩き中村屋でチキンカレーを食べる。寮へ帰
る夜道で口ずさんだ『笛吹きと豚姫』の主題歌"笛の音が"の哀切なメロディがことさら胸
に染みた。



  第五章 疑似恋愛(1)

 架空デートとなれば、自ずと疑似恋愛という言葉が出てくる。ありていに言えば、現実
の恋人がいないものだから、それを舞台上のヒーローやヒロイン、あるいは演じるスター
に求めるということ。宝塚を好きになった理由も突き詰めれば、平凡な結論に落ち着いた
ようだ。
 宝塚の舞台で胸をときめかせた"恋人"は何人かいるが、ひとり挙げるとなると昭和四十
一年の雪組公演『微風(そよかぜ)とバイオリン』でのロッテ・その役を演じた安芸(あき)
ひろみである。宝塚オペレッ夕と銘打たれたこの作品は、皇太子との身分違いの恋をあき
らめるため、愛想づかしの芝居を打つ健気な女優の卵、ロッテ、という宝塚の王道を行く
筋立てだが、まず中元清純の音楽がいい。オペレッ夕は『メリー・ウィドゥ』くらいしか
知らないが、それに十分匹敵する作品だと思うが、久富先生どうですか。安芸は昭和三十
六年初舞台。パリ公演にも選ばれた伸び盛りの若手男役で、今回初めての女役だったが、
従来の娘役にないグラマラスな容姿と素直さで、まさに一世一代の魅力的なヒロインを演
じ上げた。


  第六章 疑似恋愛(2)

 ロッテ(安芸ひろみ)に恋した理由は、役に成り切り全身全霊を打ち込んだ安芸の純粋
さが伝わったからだと思う。CDの説明書の引用になるが、相手役の真帆しぶきも「安芸
さんは公演の間、この役大好き、ずっとロッテを演じたい。もう辞めてもいい、と言って
本当に辞めてしまった」と語っている。
 もう一人"恋人"を挙げるとすれば、昭和四十一年星組公演『ラ・グラナダ』のフラスキ
ータ・高城珠理(たかしろじゅり)である。まず、脚本・演出の内海重典(うつみしげの
り)が良かった。幕開きのスパニッシュダンスからラストのフラスキータの絶叫まで、
舞台展開の見事さといったら。『南の哀愁』以外、他にこれといって傑作のない(失礼)
内海の畢竟の名作であり、何かが降りてきたというしかない。もちろん『ラ・グラナダ』
をはじめラテンの名曲を易々と歌いこなす上月晃の歌唱力も素晴らしく、彼女は宝塚史上
最高の歌手だったと断言できる。そして高城珠理。ジプシー女らしい蓮っ葉な言動の中に
男をひたすら恋する心情が溢れており、上月とのからみなど思わずドキッとさせる雰囲気
があった。宝塚の男役が女役をやるとどうしてあんなに色っぽくなるんだろう。



  第七章 黄金時代(1)

 宝塚歌劇の黄金時代はいつか。人によって答えは様々であろう。ただ、それを主張する
にはそれなりの資格が要る。観劇歴十年以内ではやはり無理で、最低でも三十年以上は必
要だろう。そこで我田引水的ではあるが、宝塚ファン歴五十年の私に言わせてもらいたい。
 パリ公演の年、私か宝塚にハマった昭和四十年から那智わたる引退の年、四十三年まで
を黄金時代としたい。まずスター達。トップはマル〔那智〕サチ〔内重(うちのえ)のぼ
る〕オソノ〔藤里美保(ふじさとみほ)〕と麻鳥千穂(あさどりちほ)の入団二十八・二
十九年組に真帆と淀かほるが加わる豪華さ。中堅は花の三十五年組と謳われたコン〔牧美
沙緒(まきせさお)〕ゴン〔上月〕 コウ〔甲にしき〕 ミヤコ〔古城都(こしろみやこ)
が人気を競い、後のベルバラブームの立役者、鳳蘭(おおとりらん)、汀夏子(みぎわな
つこ)、安奈淳(あんなじゅん)が入団一~二年の新人という絢爛さ、そして宝塚史上最
高のプリマドンナ・加茂さくらが花を添え、さらに天津乙女(あまつおとめ)、春日野八
千代(かすがのやちよ)の両御大も健在とくれば、これはもう黄金時代としか言いようが
ないではないか。ところで何故、那智わたるなのか。彼女は宝塚が生んだ最も宝塚らしい
スターだと思うからである。


  第八章 黄金時代(2)

 有馬稲子(ありまいねこ) 八千草薫(やちぐさかおる) 月丘夢路(つきおかゆめじ)
新玉道代(あらたまみちよ)……等々、戦後しばらくの問、宝塚は銀幕スターの養成所の
観さえあった。その後、テレビの発展、プロダクションの興隆等、状況の変化により、宝
塚自体も変質したというか、本来の姿に回帰したように思う。即ち、いわゆるアマチュア
が歌劇団で鍛えられ、成長し、一流の芸能人になる、それをファンは見守り、応援すると
いう本来の形に。那智わたるはその意味で、最も宝塚的なスターであった。
 次に、作・演出陣を見てみよう。白井鐵造、高木史朗、内海重典が三木柱で、これに鬼
才といわれた若手の鴨川清作と東宝重役の菊田一夫が加わる。この強カスタッフが揃って
作家としての旬を迎えたことが大きい。彼らの代表作は殆どこの時期に集中している(白
井は別格で高齢だったが、仕事振りは堅実。『あゝそは彼の人か』など、老いは微塵も感
じさせない)。特筆すべきは鴨川で、『エスカイヤ・ガールズ』、『京の川』、『龍鳳夢
(ロンハンモン)』、『シャンゴ』と、ショーも芝居も、和物、洋物、中華物(?)何で
もござれの才子で、自分の早世を知っていたかのような獅子奮迅の活躍だった。
傑作『ノバ・ボサ・ノバ』を再演で観られる現代のファンは幸せである。



  第九章 少子化(1)

 『微風とバイオリン』の時だったか、東宝劇場で女子中学生のグループと隣り合わせに
なったことがある。観劇中、何気なく隣の子に「あの人は誰」と聞いたところ「メリー
(松乃美登里)さんよ。知らないの」と言われ、そのもの言いのかわいさに宝塚が余計好
きになった記憶がある。思えば当時は小中高生の少女の観客が多かった。今はその十分の
一にも満たないのではないか。少子化が心配である。高齢化は仕方がない。時代の趨勢だ
から。少子化は宝塚の本質に係わる問題だと思う。
 宝塚と他の芸能との違いは何か。一言で言えば、未婚の女性(少女)だけの劇団によっ
て生まれる純粋性・潔癖性・倫理性が際立っているということである。まさに清く正しく
美しくであり、それを最も敏感に感受するのも少女達であると考える。観客あっての劇団
である。観客層の変化が宝塚の変質につながることを危惧している。旧名称「宝塚少女歌
劇団」の少女の意味するところは大きい。
 ではどうやって"大切な"少女達を宝塚に呼び戻すか。



  第十章 少子化(2)

 いよいよ我々中高年(何才までをそう呼ぶのか知らないが)ファンの出番である。世代
間格差というか、比較的"お金持ち"の中高年がプアな若年層、幼年層を歌劇場に連れて行
き、ファンに育てる構図である。しかし、連れて行っても駄作に当った場合はオジャンで
ある。逆効果もありうる。我々が自信を持って推薦できる作品の上演がポイントになるが
新作では心許ない。過去に自分が感動した名作、傑作の再演なら安心だ。百周年を迎え、
大々的な再演のシリーズを望む次第である。
 演目は、これまで『 』で紹介した作品ならすべてOKだが、菊田作品では『霧深きエ
ルベのほとり』と『花のオランダ坂』を追加したい。さらに郷土芸能もので渡辺武雄演出
の『藍と白と紅』、初のハリウッドミユージカル『オクラホマ』も―と切りがないが、あ
まり旧すぎて現代っ子には向かないのではないかと心配の方もいると思う。しかし『ME
AND MY GIRL』を考えてほしい。初演は一九三七年ですよ。世代は違っても感動
する対象はそうは変わらないものだ。



  エピローグ

 その後の宝塚遍歴を振り返ってみよう。昭和四十三年、千葉製鉄所から神戸本社へ転勤。
憧れの神戸の住人になり、宝塚熱が若干醒めたのは皮肉である。四十五年、結婚。疑似恋
愛の必要がなくなったわけだ。そして四十八年、長男、五十二年、次男誕生により物理的
に宝塚通いが難しくなってきた。さらに五十五年、東京転勤、五十八年、札幌転勤と続き
長いブランクに入る――。
 再開したのは二〇〇三年。定年退職をし、佐賀に帰り、母がやっていた学生寮の経営を
引き継いだ頃。女子寮(二十四人)のため女手が必要で、神戸に居る妻が隔月(偶数月)
に佐賀に来てくれるが、奇数月には東京の姉に留守番を頼み、私が神戸に帰って宝塚を観
るという生活をここ十年続けている。
 宝塚を観る目的というか、楽しみは昔とはもちろん違っている。端的に言えば、子供の
成長を見守る親の気持。本来の宝塚ファンになった訳だ。その意味で、佐賀出身のタカラ
ジェンヌを応援する「さくら会」に入会できたのは僥倖だった。そして、佐賀出身の初舞
台生の口上を是非観に行きたいという妻は、いつの間にかすっかり宝塚ファンになってい
た。
                   (完)
斜光19号 2014年

           S.38 東京宝塚劇場
          
                 (α編集部)


*14 12.7 更新

136

 

ボツにされた原稿

 投稿者:編集部  投稿日:2014年10月 3日(金)20時02分20秒
編集済
  .

            ボツにされた原稿 
                                    色眼鏡より



 投稿マニアてはないが、時折.止むに止まれず筆をとることがある。しかし、大抵はボ
ツである。多分、論調が激しすぎるからだと思う。とはいえ、折角書いたものだし、この
まま捨てるのは惜しまれる。ということで、比較的新しいものを二稿送らせてもらうこと
にした。



  《読売新聞西部本社生活文化部「気流」係殿
 「大津いじめ問題について」   寮経営 牟田元明(71 佐賀県神埼市)

 学内いじめの原因は色々あるが、一番大きいのはやはり教師の能力不足だと思う。そし
て、それを助長しているのが教師の世襲化で、私の考えでは、小中学の先生の六割以上が
世襲だと思う。(正確な機関で調べてほしい)。
 その弊害の端的な例が、数年前、大分県で起きた教師の不正採用問題で、四十人の採用
予定者のうち何と二十数名が不合格者だったという事件。当時、国民の大多数が、大分県
に限った話ではないと思ったはずだ。
 したがって、問題の解決はわりと簡単で「親が先生の子は採用しない」という条例を出
せばいい。いじめに限らず、学力低下、学級崩壊、耳を疑うような教師の不始末等々、色
々な問題が劇的に改善されるはずである。職業選択の自由を奪うという意見もあるが、奪
っているのはまさにその先生方ではないか。大分では、二十数人のやる気も能力もある若
者の職を奪っているのだから。》



  《NHK殿
 「尖閣問題の解決方」 寮経営 牟田元明(71 佐賀県神埼市)

 政権末期の民主党が又々、外交上の大失敗をおかした。尖閣諸島の国有化である。東京
都に買わせておけば、所有権の移転だけで済んだのに。漢字の国・中国にとって、国有化
という言葉の持つ一方的・攻撃的イメージがどれほど刺激的か、わからなかったのか。悪
いことに、同盟国アメリカでも、日本が一方的に行動したようなイメージに受け取られて
いるようだ。
 更に悪いことは、国有化の目的・動機が、東京都の買収により中国を刺激するのを避け
るためであり、それが逆効果で余計刺激したのだから、これはもうアホ、バカの類で、空
いた口がふさがらない。
 更に言えば、その真意を中国に見すかされ、それほどまでに中国を恐れているのか、そ
れならもっと脅せば更に優位に立てると思わせたこと。ケンカは子供も大人も、弱みを見
せた方が負けである。
 いずれにせよ、このまま放置するのは危険である。解決策は、契約上のトラブルとか理
由をつけて東京都に買わせるか、腹を決めて自衛隊を駐屯させるか、のいずれしかない。
ただし、上手にやること。以上》

斜光18号 2013年

          
                 (α編集部)

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涙 そして、ひばり考

 投稿者:編集部  投稿日:2014年 9月25日(木)16時02分44秒
    .

          涙 そして、ひばり考 



    昭和が終わって平成が始まった年は「よく泣いた」、と著者は書いて
    います。泣いたり笑ったり、確かにこの年は何か日本という国が大き
    な曲がり角に来たような気がします。昭和天皇が亡くなりそして終戦
    直後に現れた昭和の歌姫も消え…。美空の死が曲がり角の象徴的なで
    きごとだったのではないかと、四半世紀経った今しみじみ思うように
    なりました。元号の変わり目と重ね合わせて、世の中の出来事や家族
    そして自分の歴史が走馬燈のように蘇ります。(編集部)




 平成元年(昭和六十四年)という年はほんとによく泣いた。環境の変化が大きい。
 この年の七月、六年間勤務した川崎製鉄(現JFE)札幌支店から同、大阪支社へ転勤
となった。子供の学校の都合もあり、しばらく単身赴任することとしたが、住まいは独身
時代に住んでいた住吉寮に出戻りとあいなった。この寮は神戸の山の手、住吉川沿いにあ
り、バックに六甲山をのぞむ抜群の住環境にあったが所詮、長距離単身赴任の身、寂しい
のに変わりはない。
 そんなある日、妻から手紙があり、その末尾に― 今朝テーブルを片付けていたら浩明
(二男・当時小学五年生)の一句がありましたので同封します。少しジンとくるでしょう
― とあり、コピーされた用紙が何枚か入っていた。それは日記の宿題らしく、毎日の出
来事を七五調で表現したもので、例えば、七月四日「父さんが札幌にいる日も後六日。父
さんいないとさびしいなあ」といった具合。続いて七月六日「父さんに今のうちに親孝行
かたをもんだりもっとしたいな」、七月八日「父さんとまた会えるのは来月だ、月に一回
じゃさびしいなあ」、七月九日「父さんが大阪に行くのはもう明日、大阪暑いしだいじょ
うぶかな」― 読んでいる途中に涙が噴き出してきて、止まらなくて往生した。あれ程泣
いたのは後にも先にもあの時だけだ。


 この年は美空ひばりが死んだ年でもある 何気なくつけたテレビで葬儀の中継をやって
いて丁度、彼女の親友の中村メイコが弔辞を読んでいた。その一節に ― 私はこれまで死
というものに大変な恐怖心を持っていた。しかし、もうこわくはありません。だって死ん
だら大好きな貴方に会えるんですもの― というくたりがあり、ここで不覚にも泣いてし
まった。その涙は勿論、二人の友情に感激してということもあるが、同時に申し訳ないこ
とをしたという悔悟、自責の念があってのそれでもあった。
 どちらかというと生前のひばりは嫌いだった。中学生の頃まではそうでもなく、ヒット
曲なら大抵は口ずさめたものだが、成長し、〔教養〕を身に付けるにつれ、彼女の大衆性
というか、あまりに庶民的なところが鼻につき、友達とよく悪口を言っていた。二、三例
をあげると、彼女は楽譜が読めないらしい、初見ができないらしいよ(自分もできないく
せに!!)とか、「悲しい酒」を歌う時、必ず泣くのはなぜなんだ。パブロフの犬じゃあ
るまいし、みっともないとか。「柔(やわら)」を歌う時の刈り上げ頭に柔道着姿は似合
わないとか―。取るに足りないことかも知れないが、人それぞれ美意識というのはあるも
ので、当時は(今もそうだが)人問の価値は上品かどうかで決まると考えていて、ひばり
はその対極にいると認識していた(誤解していた)せいだと思う。
 それでも後年、カラオケのお陰で歌うことの難しさを知り(とくに小節って奴)、また
会社における自分の位置、将来がみえてきた頃、高度経済成長の中、仕事の忙しさにかま
けて忘れていた親、ふる里、思い出、人情等々、自分の原点ともいうべき事柄が愛おしく
思われ、いわば、その象徴として美空ひばりが自分の中に復活してきたように思う。更に
晩年のひばりは「愛燦々」、「みだれ髪」、「川の流れのように」と不思議なくらい名曲
を連発しており、噂の不死鳥コンサートこそ見逃したものの、今度公演があったら必ず観
に行こうと考えていた矢先の死であったため、その喪失感と、生きているうちもっと評価
してやるべきだったとの悔悟の気持は強かった。

 しかし、悔悟、自責の念ということでは私なんかよりNHKの方がずっと強いはずだ。
何しろ昭和四十八年の紅白歌合戦で十九年連続出場のひばりを落選させたのだから。理由
は弟の不始末という、ひばり本人とは直接関係のない話だから罪なことをしたものだ。そ
のせいか、ひばり死去後、毎年、命日になると大々的にひばり特集をやり、昨年はついに
二十三回目を迎えた― 私も毎回「永久保存版」として収録しているのだから、変われば
変わるものである―。こうなると、悔悟なんて言葉より贖罪がふさわしいように思う。
 なお、昭和五十四年、ひばりは七年ぶりに紅白に復帰するが、その時のエピソードを日
テレの徳光アナウンサーが―復帰を頼みにきたNHKの人が帰った後、ひばりさんが楽屋
で号泣したというんですね― と語っていたが、泣かせる話ではないか。
 ただ、NHKだけを責めるのはどうだろうか。当時の新聞等をみると、マスコミは、ひ
ばりと暴力団との関係など徹底したバッシングを行ない、世論もそれに同調していた節が
ある。むしろ、NHKは世論に押されて、ひばりを落選させたというのが真実に近いよう
である。そう考えると、ひばり死去後二十数年、命日前後に繰り返されるひばりフィーバ
ーは国民的な贖罪の表われと言えるかもしれない…  一億総懺悔というか。

 余談になるが、右だといえば右へ、左といえば左へ、国民の大多数がいっせいに振り子
のように動く風潮は、日本人の国民性の一つだと言われている。政治の世界に目を向ける
と、先の郵政選挙の時、当の小泉さんも驚くような大勝を自民党にもたらしたかと思うと
一転、次の選挙ではその反動もあってか、民主党が大勝、政権交代が実現した。その民主
党も見切りをつけられたようで、次に「世論」が向かう先は橋下・大阪市長率いる大阪維
新の会か。確かに、「今の政治の仕組みを変えない限り、遠からず日本は沈没する」とい
う危機意識は共感するし、残された人生、おそらく最後になるであろう大転換を期待した
い。

 次に泣いたのは、この年のプロ野球・日本シリーズである。巨人が近鉄に三連敗した後
「巨人は(パ・リーグ最下位の)ロッテより弱い」と言った近鉄の某選手の放言に奮起した
巨人軍が見事四連勝。シリーズを制したのだが、子供の時からの巨人ファンでかつて昭和
三十三年、三連勝しながら西鉄・稲尾の神がかり的な奮闘で四連敗を喫した侮辱を忘れて
いなかった私には、長年の胸のつかえがおりたような感動的なシリーズであった。
 その最終戦。すでに大差がつき、巨人の優勝がほぼ決まった終盤、今シーズンでの引退
を表明していた中畑清が代打で登場。「絶好調男」として人気のあった彼が、大歓声の中
でなんとホームランを打ったのである。それも最後の舞台ということで、招待していた奥
さんが観客席で見守る中で―。感極まって泣いてしまいました。独身寮の一室で誰はばか
ることなく。
 思えば、この年、流した涙はみんな気持のいいものばかりだったなあ。

                           (平成二十四年二月記)

斜光17号 2012年



                 1950年のブロマイド
          
                美空 ひばり:昭和12年(1937)5月29日~平成元年(1989)6月24日
           (写真 wikipediaより 編集部)

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