teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

新着順:18/22 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

藤原先生への手紙

 投稿者:編集部  投稿日:2014年12月 9日(火)09時17分24秒
  通報 編集済
                           .

            藤原先生への手紙





 これはベストセラー『国家の品格』の著者、藤原正彦・お茶の水女子大学教授へ出した
手紙である。期せずして自分の半生記、ならびに最近考えること、近況などを表わしてい
ると思い投稿した。

               - 記 -

藤原正彦様

 拝啓 紹介もなく、突然の手紙でご迷惑をおかけし申し訳ありません。実は、一月二
十五日付の読売新聞に掲載された先生の『ライブドア事件を語る』を拝見し、まさにわが
意を得たりという同感のうれしさと、先生が新田次郎先生のご子息と知り、そのなつかし
さとから思わず筆をとった次第です。
 先生のおっしやるように、今の日本、とくに若者をダメにしている一番の元凶は「市場
原理主義に基づく企業のリストラ」にあると思います。
 私は旧川崎製鉄(現JFE)のOBで、昭和四十年に入社しました。当時の川鉄は毎年
百五十人からの大卒を採用しており、そのお陰で、私クラスの人間でも入社できたわけで
す。それが昭和五十年代後半、構造的不況(設備過剰による価格のド落と国際競争力の低
下)により、会社は中高年に対しては希望退職、肩たたき、若者には採用の中止、手控え
という人員削減、リストラを断行しました。五十五歳以上の部課長が集められ、人事担当
からリストラ策の説明があったと聞いた時、長年培ってきた愛社心がガラガラと音を立て
て崩れていくのを今でも覚えています。
 しかし、中高年はまだいいです。問題は若者たちです。勉強すれば、いい大学に入れる。
そこを卒業すれば、いい会社に入れてきれいな奥さんももらえる、いい生活もできるとい
う、ささやかですが、現実的な夢を持てなくなったわけです。職業に貴賎はないといいま
すが、大学を出て派遣社員というのでは夢は持てませんし、結婚する気にもならないでし
ょう。少子化の最大の原因は、企業が新入社員の採用を極端に減らしたことです。川鉄で
も、私が退社するまで毎年の新入社員の数は三十人前後で推移したはずです。これでは、
超エリートしか入れません。企業が通常の事業活動ではなくリストラで利益を上げようと
いう体制に転じたこと、即ち、先生のおっしやる市場原理主義の悪しき例です。

 ところで、私は昭和四十三年から五十五年までの十二年間、会社の社内報「川鉄新聞」
の編集担当をしていました(余人をもって代えがたしと言われて、つい長くなったのです
が、その後は営業畑でバリバリ(?)やったつもりです)。その川鉄新聞の一番の目玉が
「重役対談」で、当社の役員と社外の有名人との対談企画でした。長嶋茂雄(なんと昭和
五十年新年号)、岡本太郎、畑正憲、黒川紀章、山田洋次、小松左京、城山三郎、会田雄
次、宮城まり子、兼高かおる、堺屋太一、囲碁の坂田、将棋の升田……と、今思い出しても
わくわくする各界の超有名人の方々、四十数名との対談記事で、そのお一人が新田次郎先
生でした。ちょうど「八甲田山」の映画がヒットしていた頃で、東京會舘の一室で当社の
T取締役と対談していただきました。対談中、先生は終始ご機嫌で、例えば終了後、当社
からのささやかな謝礼を手に「これから皆で銀座へ繰り出そう」とおっしやったほどでし
た。
 その理由の一つは、T重役が先生の全集を全巻読んだうえで対談に臨んだことで、「普
通は一、二冊、それも解説を読んで、さも全部読んだように言う人が多いのに、さすが川
鉄さんは違う。感心した」とおほめの言葉をいただきました。ただ、残念なことは、重役
が技術屋のためか、ボキャブラリーに乏しく、いちいち書名を挙げては「あれは良かった、
感動した」の繰り返しだったことです。先生も気を使われ、私に対して「きょうは少しし
ゃべり過ぎたので、私の発言を重役に一部差し替えて編集してくれ」と言われました。
 しかし、私も編集者のはしくれ、意地でもそれはできないと、重役の発言を色々と膨ら
ませて対談にまとめあげ、先生にご高閲をお願いしました。すると、先生から一部訂正の
うえ、私あてに、直筆で次の文章が送られてきたのです。

 「大変良くまとまっています。これならプロのトップ屋にも、インタビュアーにもなれ
  るでしょう。しかし、寄らば大樹の陰、川崎製鉄で頑張って下さい。新田次郎」

感激しました。この手紙はうちの家宝で、アルバムに大事に保管しています。

 以上が、ぶしつけながら、長々と手紙を書かせていただいた理由です。
今、私は佐賀の実家に帰り、学生寮を経営しています。近くにある西九州大学の指定寮で、
二十五人の女子大生をあずかっています。家は、弥生式遺跡で有名な吉野ヶ里公園から車
で五分行った所にある櫛田神社の境内にあります。博多の櫛田神社と同系ですが。格はう
ちが上です。もし、吉野ヶ里公園に来られた時は是非お立ち寄り下さい。お待ちしており
ます。         敬具


       
      藤原正彦氏イラスト/『世にも美しい数学入門』より(α編集部)


(斜光12号 2007)

138

 
 

新着順:18/22 《前のページ | 次のページ》
/22