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これ以上ない適役

 投稿者:編集部  投稿日:2019年 5月16日(木)13時38分35秒
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  これ以上ない適役

 宝塚大劇場・新春公演『霧深きエルベのほとり』――待望久しい再演である。50数年
前、内重のぼる主演作品を観た当時は、恋人の幸せのために、わざと相手の嫌がる芝居を
して身を引くカールの姿に、素直に感動し涙したものである。その後、年を経るうちに、
この手法が世話ものや人情ものの芝居に、よくある愛想尽かしのパターンであることを知
る。といって、この様式が陳腐だというのではなく、逆に今でも上演される度に、つい涙
腺がゆるむのは、それだけ日本人の気性や美意識に合っているからだろう――と、もって
回った言い方になったが、要は、非常に難しい再演だ、ということ。
 しかし流石、若手実力派として注目の演出家、上田久美子氏。見事に当時の感動を甦ら
せてくれた。現代にマッチしたリアルな説得力が素晴らしい。その白眉とも言える場面が
ラスト近くの12場、サロンのシーン。名家の娘であるマルギットは、カールと一緒なら
家を出てもいいと口では言っているが、豊かな暮らしを捨ててまで恋を貫く覚悟はない。
女の本能と言うべきだろうが、そのことに婚約者のフロリアンもカールも気付いている。
それでも一縷の望みを抱いて何度も確認するカールのいじらしさ、男の未練……切ない。
 一方、今やカールに好意すら抱きはじめたフロリアンだが、マルギットの、女性ならで
はの変心を責めることはしない。それだけ愛しているから。これも切ない。そして、手切
れ金を手にしたカールを見て、芝居だとわかった上で、それに乗っかって彼を殴る。部屋
を出るカールが階段で無様に転けるシーンまで一完璧な潤色・演出である。
 三人の演技も素晴らしい。演出家の意図をきっちり理解した上で、よりリアルに、より
自然に観せるべく工夫している様がうかがえ、感心する。これからは「芝居の星組」と呼
びたい程である。
 紅は、ここ数十年で最もカールが似合う役者だと思う。いい意味での“軽さ”がある。
内重にもあったが、得難い資質である。適役を得て、一段の飛躍が期待される。礼は、難
しい役だが、的確に演じ、演技の幅を広げたようだ。歌のうまさは折紙付き。ひと回り大
きくなった感がある。難しいといえば、綺咲のマルギット役。役の本質を理解した上で、
知らないふりをして演技するのだから――。彼女は見事に期待に応えた。ある意味では、
一番の功労者かもしれない。
 最後に、上田氏は座談会の中で「宝塚は、過去にこの劇団に流れた全ての時間を含めて、
一つの宝塚だと思う」と述べている。オールドファンとして感謝すると共に、一つお願い
が。『ラ・グラナダ』を是非とも再演してほしい。(完)

(『佐賀さくら会』の高声低声欄 2019 3月号掲載)



2019年ポスター 船乗り カール役 紅ゆずる


               1963年ポスター 同 内重のぼる
               
                                      (阪急文化アーカイブズより)

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